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日本興業銀行ビル-世界初の「耐震壁」「鉄骨鉄筋コンクリート造」 [画期的建築]

内藤多仲が構造設計した日本興業銀行本店(設計:渡辺節、鉄骨造7階建)は1923年6月に完成していた。その年9月1日の関東大震災の3ヶ月前である。多くのRC造の建物が倒壊した中にあって、日本興業銀行本店はほぼ無傷であったのには瞠目する。

日本興業銀行.JPG

内藤多仲は後に東京タワーの設計等、多くの鉄塔を手掛けたので「塔博士」と呼ばれているが、当時はRC造が専門であった。32歳の1916年の時にアメリカへ留学したが大した実績は得られなかった。しかし渡航中のトランクの仕切り板を外したら傷んでしまい、仕切り板の構造的価値(鞄屋は経験で知っていた)を発見した。

日本興業銀行本店の構造設計を担当し、構造は世界初の「鉄骨鉄筋コンクリート造:SRC造」とし、内藤は仕切り板から思いついた「耐震壁」を組み込んだ。設計クライテリアを震度0.1としてSRC造を設計し、おそらく「耐震壁」はバランス良く、或いは設計された壁を厚くしたか、どちらかである。

耐震壁付きラーメン構造の設計は現在でも難しい。超高層でないかぎり耐震壁の剛性評価がむずかしいのである。普通にせん断変形係数:Gを

G=E/2(1+ν)、E:ヤング係数、ν:ポアソン比

で剛性を評価してしまうと、地震力の大部分を負担してしまう事になる。実際には耐震壁に大きなせん断力が作用すると、ひび割れが生じ、後は内部の鉄筋の引張力となる。この様な塑性域まで評価できるには、梅村魁の研究を待たなければならない。

従って日本興業銀行本店の耐震壁の設計は、内藤の直観的な「工学的判断」に基づいていたのではないだろうか(「架構建築耐震構造論」が建築学会のデータベースにあるが、今更とても読み切れない)。工学、技術は実現しなければ意味がなく、それには実証実験が必要である(プラグマティズムという)。しかし関東大震災という、これ以上はない実証実験で彼の工学的判断の正しさは認められた。多分心中で快哉したことであろう。

なおSRC造は日本ではすっかりお馴染みの耐震構造に欠かせない構工法であるが、世界的には全く普及していない。こんな面倒な構造は日本人しか出来ないのだろう。

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神慈秀明会教祖殿-4本柱とカテナリールーフ [画期的建築]

神慈秀明会教祖殿は富士山をモチーフとした、4本の曲がった柱だけが天井を支えるというデザインである。設計者ミノル・ヤマサキ、構造設計坪井善勝、施工は清水建設で1983年に竣工した。

神慈秀明会.jpg

ミノル・ヤマサキは日系二世のアメリカの建築家で、有名なNYのワールドトレードセンターを設計したことで知られている。WTCは旅客機自爆テロにより崩壊したが、ミノル・ヤマサキはその前に亡くなっている。

ミノル・ヤマサキはこの神慈秀明会教祖殿の前に既に有名な建築家であって、多くの建築を設計したが、このプロジェクトは彼の生涯の集大成と位置付け、それを実現するために構造設計を坪井善勝に託したのである。

「感覚と情熱が創造の夢であるとすれば、知性と勇気とは創作の力である。建築設計は前者であり、構造設計は後者である」と、坪井善勝はこのプロジェクトを振り返って述懐している。

64m×90mの平面、高さ60mのこの教祖殿は単純なデザインではあるが、筆者は見たことはないが圧倒的なスケール感がありそうだ。これだけの大きさを4隅の柱だけで支えるのは容易なことではない。

坪井善勝が先ず着目したのは屋根である。富士山は指数関数であるが、屋根の荷重を支えるには双曲線関数、カテナリー曲線が明快である。「カテナリーは吊り下がる糸のつくる自然曲線である。糸が鉄に代わっても多少の曲げ剛性が生じてもこの性質は変わらない」カテナリーの屋根は面外では重力に抵抗し、面内は地震や風荷重に対して抵抗するように考えられている。

神慈秀明会 構造.jpg

4本の曲がった柱、トップガーダーについてミノル・ヤマサキは出来るだけ小さい断面を望んだ。たとえ「むく材」であっても、である。しかし坪井は技術的に不可能と断り、その代わりに出来るだけ美しい形状が現れるように苦闘する。

4本の柱の頂部にはトップガーダーがあり、ガーダーはそのまま外観となる。ガーダーの設計に際し両端を固定とすると、「ハンチ梁」となる。ピン接合とすると梁の中央部ばかり成の高い梁となる。何れも美しくない。

そこで考えたのが柱との「半剛接」接合である。施工時にはピン支持となるが、ガーダーを支える支柱の取り外しの時期を屋根材の重量を見計らって行う事で、梁の端部と中央部の曲げモーメントの比率を加減したのである。こうしてガーダーの形状は坪井の考える「構造美」となった。

大スパン構造では施工過程を考慮しないと本来設計出来ないものだ。コンピューターを使えば幾らでも精緻に構造計算できるが、あくまでインプット条件に対してである。今でも大スパン構造で、施工中の事故が世界では稀に起きているが、施工過程を考慮していなかったのが原因である。

日本でもこうした事故があったので、今では大手ゼネコンでは大スパンの構造設計の場合、必ず検証を行っている。坪井善勝は「構造家」であるが東大教授でもあった。坪井からゼネコンは多くのことを学んだのである。

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東京ドーム-空気膜構造 [画期的建築]

1988年に会場した「東京ドーム」は日本での「空気膜構造」の魁である。ちなみに海外では1983年にカナダのバンクーバーでアメフト用の「BCプレイス」が出来ている。どちらも同じような外観で、又、用途も似たようなもので(東京ドームでもアメフトが行われている)規模も同程度である。

東京ドーム.jpg

空気膜の基本は、ガラス繊維の表面をフッ素樹脂でコーティングした膜(耐候性・耐熱性・非粘着性に優れた不燃材料)を屋根材に用い、建物を気密化させて、内部の空気圧を外部よりも約0.3% 高くすると屋根膜が持ち上がる。

1気圧が10ton/m2だから、0.3%とは30kg/m2であり、ガラス繊維膜や膨らみ防止のワイヤーや室内の照明等、屋根材の総重量は30kg/m2以下なのである。30kg/m2の気圧がどのくらいのものかと言えば、空気の密度は1.3kg/m2だから23mの高さの気圧であって、建物でいえば6階建ての高さくらいのものなのである。

それでも東京ドームに行かれた方はお分かりであるが、入口の回転ドアを入る時には隙間風の音がして、如何にもこれから空気膜構造の建物に入るような気がする(筆者だけかも)のである。

空気膜構造の実現には

1. 膜の開発、耐候性・耐熱性・非粘着性に優れた不燃材料
2. 建物の気密性(回転ドア、エアロック等)
3. 気圧を高めるための送風ファン(東京ドームでは、ドア開閉がある場合は10台から18台、ドア閉鎖時2台を動作させて気圧を維持する)の開発
4. 膨らみを制御するワイヤーの計画
5. 膜が破れ屋根が下がった(デフレート)時の観客避難対策

などの課題があった。設計は竹中工務店、日建設計、施工は竹中工務店で、これらの課題を克服したのであった。建設費用は350億円と言われている。

雨の日でも野球観戦が出来ることは観客にとっては極めて魅力的であった。当時の巨人戦は「プラチナチケット」と言われるほど人気があったから、雨天で延期となると観客にとっても、興業的にも悩みの種なのだったのである。東京ドームの実現によって巨人のドームでの試合は休止することはなく(台風の時は中止)、順調に試合を消化できた。

尤も全天候ドームにも短所はある。

1. 天然芝は育たないから人工芝となり、選手の怪我が多くなる
2. 維持費が掛る(推定)
3. 解放感が無い(個人の感じ方であるが)

等である。又、維持費の点では、ガラス繊維膜は耐候性に優れるが、押えのワイヤーとの摩擦によって摩耗することが分かってきて、全ての膜構造で問題となっている。

空気膜構造は建設費が安く済む、という事で建設が始まったが、東京ドーム以降実現したのは数件にすぎない。丁度日本ではバブルが始まって、空気膜より建設費が高くとも大スパン構造を採用するドームの方が採用されたのである。屋根の1/4が開閉する福岡ドームの建設費は760億円と言われている。開閉してもやはり人工芝であった。

札幌ドームでは野球とサッカー用に使用できる2種類のピッチがあり、サッカー用のピッチは屋外に引き出すことによって天然芝を育てている。しかし野球場は人工芝である。建設費用が420億円で出来たのは、長引く不況下において建設単価が下がったせいである。

建設費用でいえば西武ドームは100億円である。既存の球場を2期のシーズンオフを使って、先ず観客席部分の屋根を造り、2期目にグランド部分に膜構造の屋根をかけた(リフトアップ)のである。しかし安くできたのは設備費が掛っていないからで、このドームには外壁が無く、風が通り抜ける。開幕前のオープン戦は寒く、夏場は暑い(直射日光はないが)。

この様に空気膜構造の東京ドームは、日本のドーム建築の多様性を生んだ、ともいえる。

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椎名町アパート-RC高層住宅実証建設 [画期的建築]

RC造の特徴として、耐火性や遮音性、耐久性、風荷重に強いことなどに優れるが、一方、大地震が起きるたびに脆性的な破壊現象が判明している。地震に弱いのはRC部材が強度の割には密度が大きい事(比強度が小さい)による。比強度は木材の1/10程度である。

関東大震災や東京大空襲によって東京は焼け野原になった。火災に強い街つくりが必要とのことから、RC造は公共建築を始め多くの建物に採用されている。しかし1968年の十勝沖地震(十勝沖では度々大きな地震が発生している)での函館大学の被害はRC構造設計における重大な欠陥を露呈した。柱のせん断破壊である。

函館大学.jpg

RC部材は曲げモーメントによる破壊は塑性域まで「粘る」ことが実験的に分かっているが、せん断力による破壊は「粘り」は殆どなく、X形のひび割れが入ってずれてしまう。柱の場合、建物荷重は地震時にも掛っているから、層崩壊してしまうのである。「人命確保」を最低限の建築基準にしているから、層崩壊は致命的である。従って1968年の十勝沖地震被害を受けて、柱のフープ筋の間隔を30㎝から10㎝へと規準を改めたのである。

RC構造に疑心暗鬼が消えていない建築界において、RC高層住宅を造ろうとしたのが鹿島建設である。問題はコンクリート強度であった。当時FC24N/mm2までのJIS規格であったのをFC30まで拡大して「高層建築審査会」に申請したのであった。

椎名町アパート全景.jpg

鹿島が考えたRC高層住宅の施工技術として

1. 柱のスパイラルフープとして、四角及び円形のダブルで主 筋を拘束
2. 柱-梁接合部にU形定着
3. 柱、梁鉄筋をプレファブ化
4. 柱、梁床と分離してのコンクリート打設(スランプ14㎝)

等である。この様な施工技術をもって初めて設計が実現できるのである。幾らコンピューターを駆使して「時刻歴応答解析」をしても施工技術が伴わなければ空論である。

しかし流石に初めてのRC高層住宅であるから、「アパート」とはいうものの鹿島の社宅なのである。もしものことがあっても社員とその家族ならば、と言う事ではないと思うが、例えば「免震構造」の実用化に当たっても、最初はゼネコン自社の研究所等の建物を造っている。

コンクリート強度に関して現在、JIS規格ではFC45まで、それ以上は国土交通大臣認定品となる。現在販売中の「パークシティ武蔵小杉」ではFC150のコンクリートが使われている。1974年竣工の椎名町アパートはFC30だったので5倍である。

コンクリート強度をより強くすることで超高層住宅が可能となり、又柱間隔も大きくすることが出来る(椎名町アパートの柱間隔は3×4.5mに対して、武蔵小杉では約6×9mと4倍である)。

椎名町アパート平面.jpg

なお大臣認定の高強度コンクリートの場合、少なくとも柱は現場での打設ではなく、PC化している。

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日本電気本社ビル-2本足の超高層 [画期的建築]

日本電気本社ビルは1990年に完成した、高さ180m、地上43階、地下4階の建物で、通称「NECスーパータワー」である。地上50~65m部分には大きな「風穴」がある事が特徴の一つである。この風穴は高層ビルの風害の一つ、建物に当たった風が吹き下ろされるのを緩和する効果があるという。

日本電気本社ビル.jpg

環境アセスメントという法制度があるが、例えば焼却場等周辺環境に影響を及ぼす可能性のある施設の建設に関し審査する制度である。高層ビルの場合、述べ床面積10万m2以上で且つ高さ100m以上が審査対象となる。日本電気本社ビルは高層ビルで最初の審査を受けた。そして「風穴」が設計的に配慮したポイントであったのである。

この風穴を可能にしたのが、本ブログでいくつか紹介した「メガストラクチュア」である。その構造軸組が下図である。風穴の下部はアトリウムとなっており、メガストラクチュアで初めて可能としている。なおこの図だと風穴の下部のメガストラクチュアはラーメン骨組で繋がっているが、このラーメンは低層部のもので、基本的に高層棟はメガストラクチュアのみで成立している。つまり「2本足の超高層」なのである。

日本電気本社ビル 構造.jpg

メガストラクチュアを設計する場合、トラスであるから上弦、下弦、ラチス材の断面を決めればよい、というものではない。屋根トラスならば普通のH形鋼やT形鋼、L形鋼でボルト接合すればよいが、メガストラクチュアでは応力がはるかに大きく、接合方法は施工技術を考慮して設計しなければならない。

日本電気本社ビルの場合、上弦、下弦材はH900×900×40×70と、まるで土木の橋梁の様な部材(土木でもこれだけの肉厚材は使わないが)なのである。そしてウェブは高力ボルト接合、そしてフランジは溶接接合であった。ウェブを高力ボルト接合にしたのは施工性(組立で仮設材が不要)から、フランジの溶接接合は全強度設計の為である。

なお地上50m(仮設の支柱が建てられない)で、この様な大型部材の揚重の為、新たにJCC900(30ton×30m)タワークレーン(TC)が造られた。それまではJCC400であったから、2倍の吊り能力のTCであった。現在では更に吊り能力のあるJCC1500(50ton×30m)が出来ているが、「霞が関ビル」を建てた時はJCC180であった。何故TCの能力を大きくする必要があったのかは別の機会に紹介したい。

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梅田スカイビル-超高層ビルを連結 [画期的建築]

大阪市北区に聳える門形の超高層ビルはひときわ異彩を放っている。梅田スカイビルである。地上40階、地下2階、最頂部173mのこのビルは1993年に竣工した。設計は原広司である。原広司と言えば京都駅ビルの設計で有名な(古都の駅に近代的ビルを設計し、景観論争となった)元東大教授である。

梅田スカイビル.jpg

超高層ビルのことを「スカイスクレーパー」と言うが、「スカイビル」とは空中に浮かんでいるイメージなのだろう。連結部は空中庭園で観光名所となっている。空中を登っていくエスカレーターは高所恐怖症の人は敬遠した方が良いだろう。

筆者がこのビルに興味を持つのは勿論特長的なデザインにもあるのだが、構造設計したのが木村俊彦だからである。基準階は27×54mであり、単独では「アスペクト比」が27/173=6.4と、かなりスレンダーとなる。地震時、台風時の設計は相当難しいものとなる。

木村俊彦が出した答えが頂部を連結することであった。単に連結ではなく、メガ梁を使っての連結であり、タワー部のメガ柱と合わせて「門形ラーメン」になっている。この効果により、単独ではアスペクト比が大きい超高層ビルを安定した構造にしたのである。

木村俊彦によると、電車の中で並んだ2人が組めば横揺れや発車、停車時にも安定する、と説明している。一般の人にも容易に理解できる比喩である。勿論工学的にも振動解析でその効果を実証している。

原広司は梅田スカイビルを未来都市の姿として示したかった。街区ごとに単独に経つ高層ビルを、低層部の「ペデストリアンデッキ:和製英語、広場+歩道」で結ぶだけではなく、頂部を繋いでいけば「空中都市」になる、というのである。この計画でも当初のバブル時には4棟を結ぶ計画であったという。

しかしバブルは弾け、計画は半分に縮小された。それでも十分に未来都市を見せてくれている。

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東京都第一本庁舎と第二本庁舎、どちらが構造上難しいか? [画期的建築]

双頭の第一本庁舎とセットバックの第二本庁舎は果たして構造設計上どちらが難しいのだろうか?

東京都第一庁舎.jpg

第一本庁舎 階数 地上48階、地下3階 高さ 243.4m(軒高:241.9m)


東京都第2庁舎.jpg

第二本庁舎 階数 地上34階、地下3階 高さ 163.3m(軒高:162.34m)

写真だと第二本庁舎のセットバックは分かりづらいが、24、29、35階とセットバックしているのである。

高さでいえば第一本庁舎の方が60mも高く、当然地震力や風圧力は大きいので、普通に考えれば第一本庁舎の方が設計は難しいように思われるだろう。両庁舎共メガストラクチュア構造を内包しており、時刻歴応答解析等設計は難しい。しかしながら、構造設計上は第二本庁舎の方がはるかに難しいのである。

高層建物を設計する場合、建物の固有周期を求める必要がある。振動解析など複雑な計算をする方法もあるが、簡易な方法として建物高さから次式で求める(推定する)事が出来る。

T=0.03h T:固有周期、h:建物高さ、なお係数0.03はS造でRC造では0.02

この式を使うと第一本庁舎、第二本庁舎の固有周期は

T1=0.03×241.9=7.3sec
T2=0.03×162.3=4.9sec

となるが、第二本庁舎はセットバックしており、低い部分と中間とは

T2-1=0.03×122.3=3.7sec、T2-2=0.03×142.3=4.3sec

となり、低い部分と高い部分とでは1.2秒異なっている。これが地震時の建物の挙動に影響するのである。つまり地震動により高い部分の方がより変形することになり、建物はねじれ現象を示すことになる。ねじれると固有周期の長い、高い部分は「振られる」結果、層間変位(1層(階)分の変位)がより大きくなってしまうのである。

この問題を解決するため構造設計者が考えたのがメガストラクチュアであった。つまり高い部分にメガ梁を多く入れたのであった。勿論各階の梁を大きくしても対応は可能であったが、総鉄骨量が多くなりすぎ、経済性においてメガ梁を採用したのであった。

双頭の第一本庁舎とセットバックの第二本庁舎を対峙させたのは丹下健三である。そのデザインを実現するのが、この様な構造設計者の職能なのである。

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サンシャイン60-柔構造超高層の集大成 [画期的建築]

サンシャイン60は東京都豊島区に建つ超高層ビルである。地上60階、地下4階、地下SRC、地上S造、最高部239.7m、延床面積は190,595 m2で、1978年にオープンした。当時日本一の高さである。構造設計を担当したのは、武藤清の武藤構造力学研究所であった。

Sunshine_60.jpg

サンシャイン60.jpg


「柔構造超高層の集大成」とタイトルを付けたのは、武藤清による超高層ビルの魁である霞が関ビルとほぼ同じ平面を持ち、柱間隔は同じ3.2m、RCスリット耐震壁も使われていて、武藤清の考える「柔構造建物」の基本的なモデルだからである(ただし武藤清の最後の作品はメガストラクチュァの東京都庁である)。

サンシャイン60と霞が関ビルとの違いは、妻側も3.2m間隔の柱があることであり、これにより前のブログの「チューブ構造」の効果がある。又、溶接技術の向上により、柱は全てボックスとなり、強軸、弱軸は無くなった。

以上からサンシャイン60の特長は

1. チューブ構造である
2. 小梁が無く、鉄骨は全て耐震要素として使われている
3. RCスリット耐震壁により、対壁付きラーメン構造で、且つ「制震構造」とも言える
4. 事務室は実質13.5mの無柱空間で、現在でもオフィスレイアウト上自由度が高い

5. 鉄骨量は120kg/m2と現在の超高層ビルに比べ少ない
等が言えるだろう。

耐震構造は「剛構造」から「柔構造」へと進化し(勿論低層の建物は今でも剛構造である)、その究極(褒めすぎかも)と言えるのがサンシャイン60なのである。そして今や「免震構造」「制震構造」へとパラダイムシフトは続く。

それは又、サンシャイン60の長周期地震動での揺れ幅の低減の為、制震構造による補強へと続いたのである。補強を行った設計、施工者は補強箇所が建物供用部のみであり、テナントへの影響を最小に留めたとしている。筆者はチューブ構造となっていることから、建物外周の補強(事務室空間での作業を伴う)が不要だった、と考えている。

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KDDIビル-日本でのチューブ構造の嚆矢 [画期的建築]

新宿区西新宿に建つKDDIビルは1971年に着工し、1974年に竣工した。地上32階地下3階、建築面積2,916m2、延床面積126,621m2、最頂部高さは164.7mの超高層ビルである。特長は外壁が4面とも同じで、柱、梁が細かく配置されているのがそのままデザインとなっている。

KDDI.jpg

霞が関ビルの場合、2面の柱間隔は狭いが妻側の柱は4本しかない。一方、KDDIの外壁は4面とも柱、梁が細かく配置されている。これが「チューブ構造」なのである。チューブとは筒の意味だが、KDDIは正方形の筒状となっている。「チューブ構造」は「鳥籠状」ともいわれるが、鳥籠は細い針金が細かく編んでいて、結構強度がある。これは力が加わると、籠全体で抵抗するからである。

チューブ構造では例えばX方向の地震力を受けると、X方向の柱・梁だけで抵抗するのではなく、Y方向の柱・梁も抵抗する。それは隅柱に大きな軸力が生じることから、Y方向の梁によって軸力がY通りに流れて行くのである。KDDIはセンターコアであるが、コア部も細かく柱が配置され、ダブルチューブとなっている。

前のブログで隅柱には大きな応力が生じる(二方向地震力)ことから、隅柱を無くしてしまう例が多い、と書いたがチューブ構造は全く逆の考えである。霞が関ビルで極厚のH形鋼を造ったが、流石に隅柱には弱軸方向があっては困るので、KDDIで初めて溶接ボックス柱を造ったのである。なお「チューブ構造」はアメリカで考えられた構造形式で、有名なのはシカゴのSEARS Towerである。

SEARS Tower.jpg

X方向の地震力の地震に対して、Y方向の架構も抵抗するのは合理的である。チューブ構造は多くの超高層ビルに採用されているが、柱間隔が狭いため、室内空間が開放的でないことや、1階エントランスも狭い。このことを嫌って超高層の黎明期に比べ採用は減っている。

しかし超高層RCマンションでは今でもかなり採用されているように思う。これは梁の耐力がS造に比べて小さいからで、柱間隔が狭いと曲げモーメントが小さくなる為である。RC造で柱間隔を大きくする(と言っても6.4mくらいまで)為には、地震力の過半を負担する耐震壁が必要となる。

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芦屋浜高層住宅-メガストラクチュア [画期的建築]

建物はラーメン構造、トラス構造が基本であるが、「構造デザイナー」としては面白くないのではないだろうか?そうした構造デザイナーは新しい構造形式を考えだしていく。「メガストラクチュア」も新しい構造形式の一つである。超高層ビルで有名なのは都庁であろう。

外観を良く見ると8階ごとに窓が異なっており、その階に一層分のトラスがある。又6.4m間隔のコア柱(コア柱同士は19.2m離れている)にもブレースがあり、トラスと共に大きな「柱:高さ32m」、「梁:スパン25.6m」の構造となっている。

筆者にはメガストラクチュアというと「芦屋浜高層住宅」を思い出す。1979年、兵庫県芦屋市高浜町に建つ、鉄骨造、プレキャストコンクリート/地下1階、地上29(最も高い建物)階、総延べ床面積27万m2もある大型団地である。

芦屋浜01.jpg
芦屋浜団地

芦屋浜03.jpg

メガストラクチュア構造

この写真は阪神大震災直後に仕事で視察に行った時のものである。神戸の街の多くが被災して家や高速道路が倒壊している状況を見てきた後で、埋め立ての軟弱な地盤に建つ高層ビルは大地震に耐えていた。しかし一部の鉄骨柱が破断したこと報道で知り、確かめに来たのであった。

柱が破断した建物は数棟ですぐにわかった。こちらが作業衣にヘルメットを被っていたから調査員と勘違いされたのかもしれないが、住民の方が教えてくれたのである。建設会社による迅速な補強措置がなされ、安全性が丁寧に説明されていたからであろう。

破断した柱部分は凄まじいものであった。報道では5000ton以上の引張り力が生じたのではないかと言われていたのである。20ton位の引張試験でもかなりの破断音なので、破断を聴いた住居人はどうだったであろう。鉄骨は塑性化して粘り強い、と思い込んでいた筆者にはこのような脆性的な破断は衝撃的であった。

芦屋浜02.jpg

柱の仮設補強(隅肉溶接)、破断は柱接合溶接のすぐ上

芦屋浜04.jpg

破断部の本溶接(開先を造りレ形溶接)

破断したのは設計で想定した以上の引張力だったのが主因であるが、当時外気温は氷点下近くであって、柱は外気に露出していたのも要因(低温脆性)と考えられている。又、柱接合の溶接部近くで破断していることから、溶接による熱影響も考えられる。

しかし1000(500?)年に一度の地震に倒壊せず、しかも多くの住民は避難しないで住んでいられたのである。今も芦屋浜に住宅群は聳えている。

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