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構造設計一級建築士-4 定期講習②CPD [国家資格]

構造設計一級建築士の定期講習は、建築士法の(知識及び技能の維持向上)として

第二十二条  建築士は、設計及び工事監理に必要な知識及び技能の維持向上に努めなければならない。
2 国土交通大臣及び都道府県知事は、設計及び工事監理に必要な知識及び技能の維持向上を図るため、必要な情報及び資料の提供その他の措置を講ずるものとする。

と定められている。

知識及び技能の維持向上とは、欧米では専門職のための「CPD:Continuing Professional Development」という継続的に技術の向上を図るプログラムを模したものである。日本でも医師、コンサルタントなどの団体では、この制度をいち早くから取り入れ展開している。建築で行われるようになったのは「A建築士偽装問題」からであった。

上記の日本のコンサルタントとは技術士のことで、1995年11月に大阪で開催されたAPEC(Asia- Pacific Economic Cooperation)首脳会議において、「APEC域内の発展を促進するためには、技術移転が必要であり、そのためには国境を越えた技術者の移動が不可欠である」旨の決議がなされた。その為に特定の技術者をAPECとして相互認証する必要があり、日本では、技術士資格の「船舶・海洋」「航空・宇宙」「化学」「繊維」「金属」「農業」「情報工学」及び一級建築士の「建築構造」が選ばれた。そしてAPECエンジニアに登録すると登録更新の要件に、CPDを過去5年間で250時間以上が規定されたのである。

又、技術士法でも職業倫理を備えることを求めると同時に、技術士資質の一層の向上を図るため、資格取得後の研鑚が責務とされているから、CPDを規定している。しかし技術士には更新手続きは無く、又CPDの報告義務も無いので、APECエンジニア登録をしている技術士を除くと、CPDを行っている割合は少ないと思われる。筆者もそうである。

CPDの時間とは、例えば講習会の参加や、学会への論文作成、講習会講師、企業内研修、産業界で表彰されるような業務、学会委員会参加、技術図書の出版等であり、単に仕事をしているだけではCPDにはならない。筆者は現役の頃では、学会の委員であったし、分担執筆図書、講習会講師、企業内研修講師、企業内技術発表(特許申請するものがかなりあった)など、5年に150時間などわけもなかった。

しかし今や正規のCPDと言えるのが、今回の構造設計一級建築士の定期講習なのである。これだけでは3年で8時間しかない。本ブログ執筆は勿論認定されないだろうが、筆者にとっては内心は自己啓発なのである。


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構造設計一級建築士-3 定期講習 [国家資格]

構造設計一級建築士の場合、3年に一度定期講習が義務付けられている。ちなみの同じく3年ごとに定期講習があるのは、設備設計一級建築士、設計事務所の責任者である「管理建築士」と、設計事務所に勤務する「一級建築士」である。例えばゼネコンの現場社員はかなりの割合で一級建築士資格があるが、設計部門ではないので定期講習の義務は無い。

3年に1度だからそれほど大変ではないが、年金生活で且つ役だっていない資格の為に都芯まで行き、丸1日の講習を受けるのは、筆者にはイベントなのである。構造設計事務所の所長はおそらく、構造設計一級建築士、管理建築士、一級建築士の3つの講習を受ける必要があるから、毎年受けている状態で、さぞ大変であろう。

定期講習は2011、2014年年度に続いての3回目であり、今年度受講しなければならないことは分かっていたので、建築技術教育普及センターからの受講案内が届いたたので、直ぐに申し込んだ。筆者の場合東京での受講となるが、今年度は合計9回行われる。そのうちどれでも良いのだが、最初の2回は講師による講習であり、残りの7回はこの講師の講習をビデオ撮影し、貸し会議室での視聴するのである。ビデオを1日眺めるのは筆者には苦痛である。自宅で気の向いた時に分割して視聴するなら良いが、連続では無理である。

直ぐ申し込んだので無事に最初の講習会に参加することができた。多分500人くらいの受講者で7割くらいの入りである。4人の講師のうち2名は元大学教員で、他は(一社)日本建築構造技術者協会からであった。講習会のテキストだけを使うので面白さ(興味深さ)にかけるのだが、やはり生身の人の講習の方がビデオより格段に良い。

月曜日だったので昼食は近くの会社員で混雑するから、予めコンビニでサンドイッチと野菜ジュースを買っておいた。講習会場のホールの「ホワイエ」には幾つか椅子やテーブルがあるのを知っていたから、午前の部が終わったら直ぐに席を確保して食事を取ることができた。

眠たい午後の講習が終わり、最後に1時間の修了考査がある。合計40問の○×問題である。約半分は今日の講習内容、テキストから出題されるから、ちゃんと一日受講したかが問われるのである。16200円も出しての講習であるから、筆者は真面目に受講していたので全問正解できたと思った。

最後に事務局から考査の発表は6月26日と説明があった。しかしながら未だ建築技術教育普及センターのHPには考査結果が発表されていない。まあ、資格試験ではない定期講習であり、急いでいるわけではないからことを荒立てる必要は無いのだが、天下り団体と指さされないようにしてもらいたい。

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有難うございます

一級建築士免許を偽造、中学校舎の耐震設計受注 [国家資格]

奈良県大和高田市は16日の市議会で、市内の設計会社が、1級建築士の資格がない社長ら2人の免許証を偽造して提出し、市立中校舎の耐震補強工事の設計を受注していたことを明らかにした。

市契約監理室によると、この会社は2014年2月、市に入札参加資格申請書を提出。その際、1級建築士として社長を含む8人の一覧表と、氏名や登録番号が記載された1級建築士免許証のコピー8点を添付した。

同年6月にあった耐震補強工事設計の入札で、同社が5,098,000円で落札。資格を持つ1級建築士2人が設計を担当し、工事は翌15年8月に完了。第三者による耐震診断で問題がないことを確認した。

ところが同年10月、市が県に結果を報告した際、社長の登録番号が虚偽で、資格がないことが判明。その後、別の1人も無資格とわかった。市は同年11月から6か月間、同社に対し、入札参加資格停止の行政処分を行った。

1級建築士免許証の偽造は、建築士法違反や有印公文書偽造などに当たる可能性があるが、市は「工事は適正に行われ、実害が生じていない」として告発を見送る方針という。2017/03/17 読売

この事案で尤も疑問に思うのは、大和高田市が設計会社を告発しないことである。一級建築士を詐称して公共工事を受注し、設計行為を行ったのであるから、明らかに建築士法違反や有印公文書偽造に当たる。

建設業界では「一級建築士」資格は極めて重要で、例えば「足の裏の米粒」と揶揄される「博士号」とは違うのである。なお揶揄の意味は「取らないと気持ち悪いし、取っても食えない」だそうだ。

一級建築士でなければ設計行為は出来ないし、設計事務所に必要な「管理建築士」にもなれない。現場の施工については「一級建築施工管理技士」があれば「監理技術者」になれるので一級建築士資格は必要ないが、多くの施工系社員は先ず一級建築士を受験する。

筆者の場合にはまだ一級建築施工管理技士制度が無かったので、一級建築士資格を取得した。そして一級建築施工管理技士を受験したのだが、一級建築士だったので学科試験は免除され、実地試験のみであった。その意味で一級建築士の方が上、といえる。

しかし今では一級建築士を受験する人は多く、基本的に合格者数規制(?)の為試験は難しくなっており、学科試験合格率は16~18%である。更に学科試験の後には6時間半に及ぶ製図試験があり合格率は40%である。この製図試験が不合格となった場合、翌年しか学科を免除されないから、製図が苦手な人は何年も再受験している。

その為、建築士受験の予備校に通う人は多く、合格者の約70%は受講していた人である。この受講料は学科、製図と会わせると70万円位掛るから大変である。又、合格すれば一級建築士資格者には「資格手当(2~3万/月)」が出る会社も多い。

この様な資格を詐称した者が処罰されないのは明らかにおかしい。大和高田市が設計会社を告発しないのは、裁判の中で市の管理責任に及ぶ可能性があるから、と勘繰られても仕方ないのではないか?
今、必死に受験勉強をしている人達がどう思うか、考えてみよ。

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有難うございます

平成26年建築士法の改正-建築士業務範囲の明確化 [国家資格]

従来、建築の設計、工事監理についての依頼に当たって、必ずしも書面による契約がなされてなく業務を行う建築士事務所の責任が不明確であることから、建築紛争の増大、長期化等につながっているとの指摘があった。
これを受けて建築士会連合会、建築士事務所協会、建築家協会により「建築物に設計・工事監理の業の適正化及び建築主等への情報開示の充実に関する共同提案」を踏まえ、議員立法により建築士法の改正が平成26年6月公布、27年6月施行となった。

改正内容の要点は、設計・監理業務の「範囲」を書面化することである。今までも建築主(施主)が設計・監理を依頼するにあたって当然ながら「口頭」だけでなく、書面で契約していたはずである。しかしその範囲が明確になっていなかったから、トラブルが起きた時の責任が不明確だったのである。

業務範囲の不明確さで思い出されるのは、2003年8月に起きた新潟県の大型開発「朱鷺メッセ」のペデステリアンデッキ(歩道橋)の落下事故である。長さ48mの歩道橋が竣工してすぐに、突然崩落したのである。しかも誰も渡ってない状態、つまり積載荷重が無く壊れたのである。なおこのペデステリアンデッキは柱、梁、筋交いともに細く、デザイン性が高いものである。

建築主である新潟県は調査委員会を立ち上げ、構造設計したSDGの設計ミスと断定して損害賠償裁判を起こした。SDG代表の渡辺邦夫は幕張メッセを設計した、建築界では大空間建築の構造設計者として知られている。

渡辺邦夫は崩落の原因は冬の厳寒期に鉄骨の溶接をしたためだとして反論している。そして、そのような工事を施工管理・工事監理した者の責任だと主張したのである。SDGは工事監理は依頼されてなかった。しかし工事中は無関係ではなく(施主定例会議に参加する程度)、冬場の溶接は問題がある、との意見もしたそうである。

調査委員会の指摘した設計ミスは、筋交いのPC鋼棒と床版コンクリートの接合部分の強度が足りないというものである。床版を作った専門業者はSDGと協力して再現実験をして、強度は十分あると立証した。

この裁判は2012年3月に棄却され、SDGの責任ではないとの結論である。しかしさらに新潟県は施工者(ゼネコン)、工事監理者、設計者を相手に新たな訴訟を起し、結局原因が曖昧なまま、和解した。和解金は当初の賠償請求額9億円は8000万円となった。

施工者は400万円、設計者は100万円、工事監理を委託された新潟県建築設計協同組合が7500万円である。これは一応新潟県のメンツが立った形である。しかしながら最も多く負担したのは新潟県建築設計協同組合で、地元の設計事務所連である。工事監理の責任が重く問われたのであるが、施工者の400万円に比べ多すぎるように思うのは筆者だけであろうか?

なお設計者は世界的建築家、槙文彦である。槙総合計画事務所には大型工事を担当できる構造や設備の技術者はいないから、SDGに構造設計を委託したのである。工事監理は新潟県建築設計協同組合として、構造設計したSDGによる「工事監理」は明記されなかった。

槙文彦は日本より海外工事で有名な建築を設計していて、例えばグランドゼロの跡地のタワーなどである。海外工事では契約書は極めて重要で、膨大な書類となる。当然業務範囲は細かく規定されており、それに違えた場合、直ちにクレームされ、そのクレームに対し逆にクレームを返したりが茶飯事の世界である。

その様な海外での工事経験が豊富な槙事務所が、朱鷺メッセではどうしたことだろう。構造設計したSDGにも工事監理を分担すべきではなかったか?おそらく建築主の新潟県の考えで、新潟県建築設計協同組合を入れたのであろう。












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構造設計一級建築士-2 [国家資格]

構造設計一級建築士の受験資格は、一級建築士を取得してから5年間の構造設計の実務経験が必要である。筆者は一級建築士を取得してから28年になるが、構造設計者ではないので当然受験資格はないと考えていた。

しかし受験要綱を読むと構造設計の中に工事監理(管理ではない)が含まれていた。筆者は技術部署におり、基礎が専門なので、基礎工事を行っている現場に対しての技術指導を行っていた。厳密には「工事監理」ではないが、基準法や特記仕様書、建築学会の標準仕様書通りに施工が行われているか、も当然チェックしていたのである。

設計事務所から立ち会う「工事監理者」はあまり基礎工事のことは詳しくない。ゼネコンが用意した検査項目とその結果を見るだけで、後は施工している前で記録写真の被写体に収まるのである。筆者が行っているチェックと技術指導(その現場固有の問題点)の方がはるかに高度な監理なのである。

又、勤めていた会社には設計部があり、設計段階でデザインレビユー(DR:設計審査)が行われていた。筆者は構造DRのメンバーで,施工の立場から構造設計の基礎構造その他の検討課題を指摘していた。杭の変更をしたことも数度あった。

又、現場が始まっての初期段階で、現場の施工計画書を審議する会議があって、そのために前もって設計図を見て置き、施工上、時には設計上の問題を抽出し、会議で指摘するのである。すでに確認が下りている設計を大幅に変更はできないが、可能な範囲で品質上問題があれば当然指摘していた。

このように筆者は設計者ではないが、設計行為に多く関わっていたのである。しかし毎日がこのような設計行為ではなくて、「地下工事」「山留」「技術開発」「建築学会委員会」などがもあり、簡単に5年間という実務経歴を書くわけにはいかなかった。しかし何しろ管理職になってからも17年経っていたので、「設計行為」が30%と見做して、17年間で5年以上という経歴としたのである。

設計部長の証明印ももらい、受験申請を行った。無事書類審査は通り、2日間の講習会を受けることになった。講習会のテキストが300ページ、それに国土交通省監修の手引書は700ページ近くある。講習会は勿論それなりに勉強になったが、2か月後の筆記試験の為には合わせて1000ページの技術書を読破する必要があった。

50代半ばでの受験勉強である。いくら1000ページの技術書の持ち込みはできても、素早く該当箇所を見つけるにはやはり読破が必要で、付箋の数は夥しいものとなった。又、書き込みは禁止とは規定されてなかったので、計算例題なども多数書いた。勉強は最初は家で行っていたが、最後のほうでは会社でも行った。

試験会場は早稲田大学で、司法試験も行われており、会場案内が分かりにくかった。選択問題、穴埋め問題、計算問題とあったが、選択問題は一級建築士の構造の問題を過去10年分勉強していたのでほぼ正解できた。穴埋め問題は振動方程式に関してはほとんど勉強していなかったので適当に埋めただけである。

計算問題がどのようなものなのか、同じ部署にいて前は構造設計者だった人と話していたのだが、流石に複雑な問題は出ないだろうと予想していた。そして予想通り、「静定構造」であるブレースの設計であった。筆者は過去にはタワークレーンを鉄骨に乗せるための補強計算を数多くしていたので、このレベルの問題には熟達していた。アンカーボルトの詳細図などはお手の物だった。

昼食はどうせ食欲はないと思っていたので、カロリーメートしか持っていかなかったが、半分しか食べなかった。まる一日の試験を終えて、流石に年のせいもあり草臥れた。しかし久しぶりに頭をフル回転させたので、心地よい疲れであった。

試験発表は審査機関のHPに掲載された。受験番号をスクロールしていくときは緊張した。合格していた。同僚も合格していて、設計部へ報告するため筆者に聞いてきたので恥をかかずに済んだ。全国で合格者は6000人程度で、合格率は30%であった。後はいかに早く登録して若い番号を取るかである。私は2ケタの番号であるが、同僚は東京だったので1000番台であった。全くどうでもいいことだが、2ケタの方が気持ちが良い。


















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構造設計一級建築士 [国家資格]

平成18(2006年)年12月改正建築士法により、構造設計一級建築士制度が創設され、一定規模以上の建築物の構造設計については、構造設計一級建築士が自ら設計を行うか、若しくは構造設計一級建築士に構造関係規定への適合性の確認を受けることが義務付けられた。

構造設計一級建築士証を申請するには、原則として、一級建築士として5年以上構造設計の業務に従事した後、国土交通大臣の登録を受けた登録講習機関が行う講習の課程を修了することとされた。

構造設計一級建築士制度の創設は、構造計算書偽造問題に端を発している。構造計算書偽造問題とは、2005年11月17日に国土交通省が、千葉県にあった建築設計事務所のA元一級建築士が、地震などに対する構造計算書を偽造していたことを公表したことに始まる一連の事件である。耐震偽装問題とも呼ばれる。

一連の耐震偽装事件は発覚当初は耐震強度偽装が組織的ともみられ、建築会社及び経営コンサルタント会社による組織的犯行と当初報道されていたが、公判では「A元一級建築士による“個人犯罪”」と結論づけられた。東京地方裁判所はA元建築士に懲役5年、罰金180万円の実刑判決を言い渡した。

このように事件はA個人によるもので、動機は構造躯体の鉄筋、コンクリートが少ない安い設計となっており、依頼した設計事務所などが評価したためである。Aに対する構造設計依頼が増え、かなりの報酬を得ていたようである。一般に設計事務所の下請けで構造設計している場合、年収は500万円位と言われていた。

しかしながら、これは偽装であって、耐震性は建築基準法の半分程度のものでしかなかった。このブログで筆者は建築基準法の1.5倍の強度が必要と伝えているが、偽装建物では1/3の強度と言う事になる。

偽装が判明した建物は、通常の耐震補強では基準法に合致しないことや、新築したばかりでもあって入居者の要求もあり、ほとんどの建物(マンション、ホテル)は取り壊された。もし発覚せず大地震が起こったら、間違いなく倒壊して多くの犠牲者を出すところであった。殺人未遂事件ともいえるものである。

偽装が見抜けなかったのは、今の構造設計はPCソフトによる一貫設計で、大量の計算書となり、審査する側にとって各ページをチェックは出来ない。従って、入力データ(建物の重量や地震力の大きさなど)と結果だけを照査する程度なのである。偽装は結果データの差し替えである。ちなみにPCソフトは国の審査を得ているものである。

建築の場合、「構造歩掛り」という考えがあり、例えばマンションであれば床面積に対して、コンクリート量は0.4m3/m2位、鉄筋は0.1ton/m2程度なのである。偽装マンションではこの値に対して80%程度であった。従って施工会社の見積担当者は少しおかしい、と気づいていた様である。もともと「歩掛り」と言うのは見積用語であり、「積算」した結果、大きな間違いがないかチェックするためのものであった。

このように見てくると、偽装事件の再発防止には、先ずもって構造設計者の倫理観を強く求めることである。責任を重くする一方、構造設計者という設計事務所の下請け状態の改善、地位向上を意図したのが構造設計一級建築士制度の大きな目的なのである。

しかしこれだけではなく、確認申請の審査方法の厳格さも必要で、特に2000年の法改正で、確認審査が民間審査機関でも行えるようになったことへの何らかの対応が必要であった。構造設計者同士の「ピアチェック」が有効とされ、「構造計算適合性判定審査」として一定の規模以上の建物では行われることになった。

なお構造設計一級建築士は、一級建築士となってから5年以上の構造設計の実務経験が受験要件である。一級建築士は大学で建築系の学科を卒業してから2年間の実務経験が必要となる。つまり3年目に受験可能で取得となる。それから6年目に受験することになるので、大学卒業後最短で9年目で構造設計一級建築士となれるのである。

最年少が32歳の資格なのだが、2015年9月時点で一級建築士は36万名に対し9285名である。かなり希少価値のある資格であると思うが、社会的ステータスが上がったとか、収入が増えた、という話は聞かないが、実態はどうなのだろう。


















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技術士試験-2 [国家資格]

技術士は2000年に新たに「総合技術監理」という部門が出来た。これは他の19部門を既に取得して(同時に取ることも可能ではあるが)経験を積み、俯瞰的な監理を行う技術者としての資格である。現代は高度な技術的判断が求められることが起きている。

俯瞰的とは上からという意味であるが、具体的には例えばコストと安全は「トレードオフ」即ち相反する側面がある。それを解決するためには俯瞰的な、より上位の判断基準による解決が求められるのである。

しかし他にも理由があって、簡単にいえば技術士を容易に取得させる必要があったからで、既得技術者にとって地位が下がることから、より上位の部門を作ったのである。もともと「経営工学」の部門があったので、総合技術監理は重複するのではないか、など批判はあった。

しかし2000年からはAPECで技術者資格の相互認証が始まり、海外での Professional Engineer資格が人口比で多いことから、対応する技術士を増やす必要があったのである。そのため試験内容が2次試験でも選択式を入れ、記述式論文を減らしたのである。

総合技術監理部門が新設されることはネットで経緯など分かっていたので、筆者も最初の時に取得することにした。資格は一般に最初の方がやさしいのである。

総合技術監理は初めての資格であり、方針はあっても具体的にどのようなこと能力を試験するのか検討され、選択問題については約200ページのテキストが示された。経済性管理(品質、工程、コスト管理)、人的資源管理、情報管理、安全管理、社会環境管理等について記述されている。論文試験では経験したプロジェクトで、上記テキストに示された項目について管理した内容を記すことになった。

筆者は当時、本社に異動になって国際認証であるISOを担当していた。ISO9000(品質管理)と14000(環境管理)である。この2つはテキストの経済性管理と社会環境管理なのである。ちょうど時宜を得た資格試験であった。およそ出題されるテーマは分かったので、その当時実際に行っていた業務を纏めればよかった。

 筆記試験は午前中のみであった。そして合格した。後は面接試験である。これも問題なかった。何しろ試験官自身、総合技術監理とは何か必ずしも明確ではなく、試験と言うより意見交換の様になったのである。

 合格発表はまたも科学技術庁に行った。合格した。合格率は33%であった。受験者は全員技術士であったから、この合格率は決して高くはなく、むしろ少ないと思えた。おそらく年配の技術士で準備不足の人が多くいたのであろう。


















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1級建築施工管理技士 [国家資格]

建築施工管理技士は昭和58年に、施工技術の向上を目的に制度化された。それまでは建築に関しての資格は建築士であったが、建築士は設計、工事監理を主に比重を置き、施工管理技士は「工事管理」に特化した国家資格である。

制定当初は一級建築士とラップすることや、試験科目で一級建築士資格を持っていれば1次試験の筆記が免除される、ことから一級建築士の下位に見られていた。しかし建設業法が改定されて、監理技術者、主任技術者制度が出来、工事の請負額に応じて、工事監理者、主任技術者を置くことが義務化され、又、建設会社の経営審査事項のなかにこの資格者数が入ったことから、施工会社の社員に求められる資格となった。

管理技士試験は学科と実地試験に分かれ、学科は「建築学」「施工法」「法規」で一級建築士であれば免除される。実地試験は選択問題と小論文で、小論文は与えられたテーマに対して、自分が経験した現場での管理について書くものである。

小論文は100点中60点の配分があり、合否のカギとなる。例えば工程管理と環境管理について、実際に経験した現場での管理について記述せよ、という問題である。自分で計画し、実施した結果が問われる。選択問題は過去問で勉強は可能だが、実際の現場での経験がないと小論文は記述できない。

筆者は既に一級建築士であったから、なにも施工管理技士の資格を取得しようと思わなかったが、制度化して7年後に会社から取得するよう指示があって受験した。当時は支店の技術部署にいたのだが、どのような試験なのかという話になって、部から2名が講習会に参加した。そして試験内容の資料を皆にコピーしたのだった。
試験は実地試験だけで、小論文は当時、品質、コスト、工程、安全管理のうちどれか一つのテーマで論述すれば良かった。筆者の現場経験は2つしかなく、最初は新入社員で右往左往し、2つ目は大現場で鉄骨担当、という偏った経験しかなかった。

又、経験としては自分が主導的立場であることが必要という認識だったから、主任クラスは経験してないので、当時地下工事の技術指導していた現場を題材に決めた。創作である。後ろめたさはあったが会社の指示だから仕方がない。その現場の構造、規模、工事費、工期などを覚え、受験したのである。しかし後から何も主任クラスでなくとも良いことが分かった。

小論文は不得手ではなく、ほぼ満点であったと思う。他の選択問題では労働安全基準法からのものは少し間違ったようだ。しかし無事に合格した。部署では15人くらい受験したと思うが、ほぼ全員合格であった。

今ではゼネコンに勤務して、設計部門でない限り1(数字である)級建築施工管理技士であれば、一(漢字)級建築士資格は必要ない。しかし建築学科を卒業して一級建築士資格がないのは忸怩たる思いか、最初は一級建築士を受験する人は多い。


















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技術士試験 [国家資格]

技術士資格があることを知ったのは一級建築士資格を取得した時だった。先にも書いたが一級建築士は持っていて当然、という雰囲気があったが、職場の先輩(共同企業体のほかの会社の人)から、君は技術士を狙うべきだ、と言われたのである。

そのことが記憶に残っていて、現場から管理部門に移動となった。ある時、山留計算で電子計算センターに依頼しに行って担当してくれた人は役職はなかったが、名刺(縦型)の名前の上に「技術士」と表記してあった。
管理部門の役職は課長代理が始めで、年齢は38歳くらいにならないと成れなかった。その人は30歳を少し過ぎた位であった。又、筆者の所属していた課に技術研究所から新たに来た人がいて、筆者より2歳年上だがやはり技術士を持っていた。

技術士には部門が19あり、前の2人はともに「建設部門」である。そして建設部門にはさらに12の科目に分かれていて、前の人は「土質及び基礎」、後者は「鋼構造及びコンクリート」で資格を取っていた。

それならば、と筆者も勉強することにして、業務が地下工事や基礎工事の現場指導だったから、当然「土質及び基礎」を考えた。大学では土質の授業はなかったから、筆者は門前の小僧のように今の業務の知識を得ていた。しかし技術士試験となると基礎的なことから勉強する必要があった。

世界的に有名な土質力学の本を購入して勉強した。しかし当時結婚したばかりで、狭い社宅に住んでいたこと、子供の夜泣きが大変だった、晩酌は欠かさなかった、などから勉強は進まず諦めた。

それが再度受験を目指したのは42歳の時で、当時技術課長で管理職ながら現場への技術指導もしていたので多忙であった。本当は山留、基礎工事の跡継ぎが欲しかったが、仕方なかった。

筆者は社員教育も担当していて、入社8年までの間に数度集合教育をして、最後に面接をしていた。面接担当のトップは支店次長で私は段取りと司会役なのだが、現場で腰を痛めて私の部下の社員が面接に来た。そしてもう現場は無理だから、技術力を高めて将来技術士になる、と宣言した。

筆者があきらめた資格を部下が取得する、というのだから、もしそうなったら筆者の立場はなくなるではないか。以来なにかストレスを持ったのだが、ほどなく、義父(設計事務所の構造部長)との技術士の話題で、ゼネコンの人で「仮設」で資格を取ったという。

早速改めて本屋に行ったら、技術士の資格本は沢山あって、建設部門は独立しての本である。中を見ると「仮設」ではなくて「施工計画」であった。

技術士試験は1次と2次があって、7年以上の経験があれば2次試験だけである。それも論文形式の筆記試験と、合格した後の面接だけであった。試験本の問題と解答例を見ると、なんとその時の私にとっては容易な問題であった。

午前中の3時間は経験論文で、技術士にふさわしい経験を400字の原稿用紙8枚に書き、午後の4時間は施工計画の問題で、全部で15問の中から2問選び6枚書く、そして建設一般のテーマ(近年話題となったことが多い)について4枚書くことであった。

経験論文は事前に準備すればよいので、毎年社内で行っている技術発表会で私が関与したテーマを選べばよい。施工計画の問題は、「基礎」と「山留め」は必ず入るから、勿論サブテーマは毎年変わるが、それこそ筆者の方が出題者より詳しい、と自負していたので勉強はしなかった。

建設一般では「公共工事の談合」「環境問題」「外国人労働者」の3つを想定して回答を用意した。日ごろ新聞や、建築関係の雑誌を見ていれば、この中からの出題は間違いない、と考えたのである。後で聞いた話だが、この建設一般のテーマについて、分からない人は、大学教授に教えてもらうことがあるそうだ。

試験は8月の終わりだから、お盆の休みがラストスパートであった。そこで思わぬ落とし穴があった。PCで作成した経験論文8枚を手書きで写したのだが、半分もいかない段階で手が疲れてしまったのである。日ごろ手書きしてないからで、しかし時間はない。文房具売り場に行ってシャープペンを物色したら、軸が太くて疲れない、と宣伝しているものがあった。

受験場所は早稲田大学で、まだエアコンは設置されてなかった。全国一斉に受けるのだから、北海道だったら良かったのだがそうはいかない。面接ではないからタンクトップで出かけた。扇子も持って行った。

7時間も原稿用紙と格闘したのは初めてであったが、充実した思いであった。頭に血が上っていたせいか昼食はほとんど食べられなかったので、終わったらお腹が空いていたことに気が付いた。絶対受かった、と思った。
11月に結果の発表があり、今と違ってネットで分からないので、科学技術庁に見に行った。A3の用紙に合格者番号が並んでいて、自分の番号を見つけたときはやはり安堵した。しかしまだ面接で2割落ちる可能性がある。

1月の面接には、持っているスーツの中で最も上等な紺色の3揃いを着ていった。ネクタイも渋めを選んだ。面接時間は30分間で、いろいろ聞かれ、少し考えながらすべて答えていった。中には明らかに解答不能なものもあったが、それには「現状は難しい」と答えたら面接官も特に突っ込みはなかった。

面接の最後に専門書を出したことがあるか、と尋ねられ、共著で建築学会の基準書名を上げることが出来た。学会活動をしてきて初めての効用である。

面接試験も合格した。科学技術庁を出て周りを見ると、風景がいつもより輝いて見えた。すぐ家内に電話した。家内は義父に電話した。


















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一級建築士試験 [国家資格]

建築士は建物の設計、工事監理(工事管理ではない)を行う独占資格である。施工管理技士制度ができるまでは、施工管理(監理技術者)も建築士の資格が必要であった。従って建築設計者や施工管理者を目指す学生は、建築士資格を取得することが必須であった。

建築士には一級建築士、二級建築士、木造建築士の3つの資格があり、一級建築士はどのような建物でも可能であるが、他は建物の構造、規模によって制限されている。なお構造、設備については構造設計一級建築士、設備設計一級建築士があらたに制定されたので、規模が大きくなるとこれらの資格者の関与が必要である。

一級建築士の場合、大学の建築系学科を卒業して2年間の実務経験(もしくは大学院での2年間)が受験資格となる。自ら設計事務所を開くつもりであれば、建築士資格を取得することは先ず基本的な第一歩である。

大手設計事務所や大手ゼネコンにおいては一級建築士を持っているのは当たり前で、取得しても特別の手当ては付かない会社が多い。しかし持っていないと社内的には昇進に影響することになるので、やはり取得は必須なのである。

筆者の場合はもう40年も前の話である。大学を出て大手ゼネコンに入社して建築現場に配属となり、2つ目の現場の時に受験することとなった。現場だから毎日残業で、帰って食事をするともう10時で、ベッドに横になりながら学科試験の勉強をしていた。

もっぱら過去問題の繰り返しである。科目は「計画」「法規」「構造」「施工」で、平成21年からは「計画」は2つに分かれ「計画」「環境・設備」となっている。「構造」と「施工」については大体分かるので、「計画」「法規」を覚えるのが主であった。

製図については毎年、1000~1500m2程度の各種用途の建物が出題されていた。A2サイズの製図版とT形定規、三角定規を持ち込み、試験会場で図面を描くのである。製図については建築系雑誌に課題と製図例が特集されていて、5年分くらいを休みの日に勉強した。

製図は当時の建築現場では事務机の横に製図版を置いてあり、施工図を毎日書いていたから、書く速度には自信があった。建蔽率や容積率を守るのは当然だが、要求されている諸室をどうレイアウトするか、避難階段は2か所あるか、などがポイントである。

試験は減点法だから、よっぽどレイアウトが悪くで導線が滅茶苦茶でない限り、設計の質は問われない。みっともない外観でもよいのである。又、面積の調整のため、通り芯の寸法を一部変更しても構わない。例えば規則正しい6400㎜間隔の芯を、一部6000mmにしても良い。

受験のための勉強の苦労はあまり覚えていないのは、当時の試験は今より易しかったように思える。1度の試験で学科が受かり、製図もパスできた。現場の中では少し話題にはなったが、総じて大した関心事ではなかった。受かって当然ということである。

しかし最近の一級建築士試験は難関で、学科試験の合格率が15~20%、製図が40%くらいなので、総計すると学科試験申込者数に対して12%くらいとなっている(製図は不合格の場合、翌年も受けられる)。従って今の受験者は予備校に通うのが当たり前となっており、合格者の70%以上が通学しているそうである。学科、製図と合わせ70万円くらいの授業料である。

私の勤務していた会社では、合格した場合の受験費用と登録料は支給されたが、予備校の授業料については個人負担で、しかし無利子で融資する便宜は行っていた。今は現場担当者は図面を書いたりしない(スケッチ程度)から、学科は合格しても製図で何回も受け直しているそうである。CAD(PCによる製図)の影響もあるのだろう、なにしろ手書きの製図はほとんど無くなっている。アメリカでは製図の試験は20年も前からCADである。


















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