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ハクチョウ、1500羽ひらり-新潟・瓢湖 [建築施工]

ハクチョウの飛来地として知られる新潟県阿賀野市水原の瓢湖に今年もハクチョウが訪れた。瓢湖管理事務所によると、ハクチョウは13日現在1533羽が確認されている。ピークの11月下旬には約5000羽を超え、越冬して3月頃に北へ回帰する。

16日夕方、続々とハクチョウが湖に降り立ち、鳴き声や羽ばたく音が周囲に響き渡った。1年に数回瓢湖を訪れるという東京都立川市の男性は「何度来てもハクチョウがたくさん訪れていて、圧巻だ」と笑顔で話した。

ハクチョウは日中、えさを求めて田んぼなどを移動する。同事務所によると、瓢湖では午前6~7時頃か午後4~6時頃、ハクチョウをよく観察できるという。2017年10月19日 読売

ハクチョウ、1500羽ひらり…新潟・瓢湖.jpg

湖に降り立つハクチョウ(16日午後5時9分、新潟県阿賀野市の瓢湖で)

白鳥が冬季に日本に飛来してくるのは風物詩になっている。筆者はなんとなく北からやってくる、ということしか認識が無かったので、ネットで調べてみるとシベリアの湖からやってくるようだ。かの国の冬は想像を絶する寒さになるから、白鳥の餌は何もないのである。

白鳥は姿形が美しく、亡くなった人の生まれ変わり、という伝説もあるくらいだから、日本人の多くの人は好きである。数千の白鳥の移動はさぞかし素晴らしい光景なのだろう。筆者も見たいものであるが、寒いのがネックとなりTVで報道してくれるのを見るくらいで満足するしかない。

数千の白鳥が来ても、特に農業や、日本の生態系に影響は無いようだから、観光に繋がるのであれば地元としては歓迎しているのだろう。湿地帯の生態系を守って、鳥類の餌となる生物を保護する、国際的に「ラムサール条約」と言うのがある。多分、新潟県阿賀野市水原の瓢湖も登録されているのであろう。

ところで白鳥は野鳥であるから、鶏インフルエンザノウィルスを媒介する。先のブログでも紹介したが、コブハクチョウ、コハクチョウ、オオハクチョウ、コクチョウは高病原性鳥インフルエンザにかかる検査優先種である。もし、飛来した白鳥が落ちていたら直ちに検査しなくてはならない。

新潟県阿賀野市でも昨年、オオハクチョウで鳥インフルエンザの疑いがあって、詳細な調査が続けられた結果、今年の初めに安全宣言がなされた。落ちていたオオハクチョウは別の原因だったのである。

ところで白鳥は狩猟禁止の鳥なので、捕獲して食べることは出来ない。江戸時代では殿様が吸い物で食べていた。冬に遠くからやってくるほどだから筋力はあるし、日本で豊富に餌を食べ、栄養を蓄えていれば、脂が載って さぞかし美味しいのだろう。

等と言う事を想像してはいけない。上述したように、白鳥は無くなった人の生まれ変わりである。日本武尊(やまとたけるのみこと)も白鳥に生まれ変わった。

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現場勤務の思い出47-上棟式 [建築施工]

鉄骨工事の有終とも言うべき上棟式を迎えることになった。上棟式は建物の竣工後も無事であることを祈念して行われる。日本では地震、火災、台風と建物には多くの危険が襲ってくるから、長く無事でいられるようにお祈りするのは日本の古くからの習慣である。

当工事も本社ビルとなる高層ビルなので、当然上棟式が行われることになった。本社ビルなので建築主としては客先だとか、或いは監督官庁の役人、政治家など合計200人くらいを招待するらしい。かなりな規模の上棟式となってしまった。

しかし問題があった。それは生憎2月なのである。尤も寒い時期での上棟式では、天候もさることながら、長い時間招待者を寒気にさらしてしまう事になる。招待客には高齢の方も多いので、風邪でも罹ってしまったら申し訳ない。

そこで上棟式は室内で行われることとなった。高層ビルでの上棟式は大梁か、ある程度大きい小梁をタワークレーンでゆっくり揚重する。紅白の幕を下げた梁が大空に上がっていくのを招待客は眺める、というのがクライマックスなのである。

室内での上棟式は、法被を着た鳶たちが木遣り唄を歌いながら、小梁を台車に載せて会場の正面に運んでくる。そして会場の正面にまで来たら、小梁の端部のボルト孔に高力ボルトをつけて、代表の人たちがインパクトレンチでボルトを締めていく、というパフォーマンスを行ったのである。

多分、過去にもこの様なことが行われていたと思うが、4階で行われた会場は既に外装のガラスが入っており、ジェットヒーターで暖めていた。式が終わってから反対側のフロアでパーティーが開かれた。招待客も満足そうに見えたので、まずまずの上棟式だったのではないだろうか。

筆者の会社社長も当然来ており、建築主始め招待客の多くに挨拶をして回っていた。政治家にも挨拶していたが、知り合いも多かったようだ。建設業ではトップ営業が一番効果がある、と筆者が知ったのは現場が終わって、管理部門に異動してからのことであった。

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現場勤務の思い出47-揚重設備 [建築施工]

建設工事計画で重要なものの一つに揚重計画がある。何しろ建築物は目方あたりの価格が極めて安い。自動車は1tonで100~200万円はする。高級車であれば1000万円/tonである。建物は床面積当たり1tonくらいで、価格は面積当たり30万円位だから、自動車に比べて1/30~1/3である。飛行機等とはもう比較にならない。

従って建設工事では物を運ぶのが大変になってくる。建物の地上部に限って言えば、当工事では、タワークレーン2基、2tonの人荷用EV1基、2tonの荷持用EV1基であった。何れも建物内に設置した。

タワークレーンは鉄骨建て方が主で、他は雑荷(溶接機等が入ったコンテナなど)を行った。外装がPCCW(プレキャストコンクリートカーテンウォール)の場合にはタワークレーンを使用するが、当現場のCWはアルミ製であったので、スラブ上で走行使用できるクレーンを使った。

2tonの人荷用EV1基、2tonの荷物用EV1基は作業員と仕上げ材の運搬である。高層ビルの場合、人荷用EVは必須で、階段で何十階も登らせたら作業にならない。荷持用EVは横幅が4mくらいあるので、天井の下地材等長物を運ぶのに必要である。

大型高層ビルでは揚重管理に担当者をつける必要があり、当時は機械部からの社員が担当した。予め揚重するものの重量や個数を申請して、日時を決めておくのである。しかしこの揚重スケジュール管理は仕上げ工事や設備工事の材料に関しては、幾らでも事前に申請が可能である。

つまりゼネコンが作成した総合工程表(マスタースケジュール)、ないしは月間工程表に基づいて申請すればよいのである。しかし高層ビルの上部では鉄骨工事や床のコンクリート工事が行われているが、これらは天候によって作業予定の変更を余儀なくされる。

上層階工事で荷物用EVも使う事があるが、天候によってキャンセルになったりする。するとその分は曜日を下げて行う事になるのだが、揚重係にとっては全て時間割を決めた計画が作りなおしになるから、何時ももめ事になるのだった。筆者には担当者が別途業者である設備業者の味方に思えたものだ。

今では揚重専門の協力会社があり、スケジュール管理や荷物用EVへの積み込み、各階への荷降ろし、整理等を請け負っている。タワーマンションでは各住戸へ必要な材料全てを水平運搬している。合理化である。

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現場勤務の思い出46-学生の現場見学-2 [建築施工]

当現場でも所長の出身校であるW大の学生見学が行われた。タワークレーンは残っていて鉄骨は最終を目指しており、耐火被覆工事は佳境を迎えていた。又、仕上げ工事も始まってきていたから学生にとっては様々な工種がみられる現場であった。

前の工事は設計施工の単独であったが、今回の設計は別であり、JV工事である。見学の対応として設計者に頼むわけにもいかず、又、JVの構成会社にも頼めない。そこで最も若い筆者がかなりの担当をすることになった。

最初の建設業の一般的なことや、設計、工事概要は所長が説明をした。そして学生を引率して現場見学となった。引率したのは工務担当の係長と筆者である。鉄骨工事が行われている階は危険なので、既に床が出来ていて耐火被覆工事が行われている階より下を案内した。

前の工事で使われていた人荷用EVではなく、超高層用に開発された仮設のEV(昇降速度が早い)で見学会の上まで登る。人荷用EVの床はエクスパンメタルだから、下は透けて見える。しかし設置したのは外部では無く、本節のEVシャフトを利用したから、多分学生たちは恐怖を感じなかったであろう。

耐火被覆の工事中に学生を連れた筆者を見て、作業員たちは声をかけてくれた。筆者もW大の学生ですよ、と返答した。筆者は鋼板耐震の耐火被覆の耐火認定を取るのに苦労した(実際は対した苦労ではなかったが)ことや、耐火被覆プラントの階では、緑が見えるプラントを作ったことを自慢した。

又、耐火間仕切り壁が地震時に層間変形しても追従住出来る事、如何に防火区画が大事であることを説明した。水平区画では床スラブとアルミカーテウォールの裏に取りついている耐火ボードと床スラブの間に耐火被覆材を絨毯させて入る部位を解説した。これによって下階の炎が外壁のガラスを割って上階に伝わってくるのを防いでいる。仕上げ工事についても解説したが、担当では無いので熱心には説明しなかった。

見学が終わり、学生たちの質疑応答の時間になった。すると学生が質問したのは耐火被覆であった。筆者は得意になって、例えば耐火認定を取得した鋼板耐震壁の基準法37条の大臣の特別認定制度をはじめ、耐火時間の規定など詳しく説明したのだった。資料なし、原稿なしで話したので学生たちは慌ててメモし始めた。

細かい話を20分くらいしたので、流石に所長が後を引き継いで、他の施工的なことを分かり易く説明し、フォローしたのだった。しかし後で所長からは労いの言葉を貰った。

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現場勤務の思い出45-耐火被覆工事-5 [建築施工]

耐火壁は防火区画をする為に重要な部位である。防火区画とは火災が発生した時に延焼を防ぐために極めて重要な機能がある。防火区画には「面積区画」「水平区画」「竪穴区画」がある。「面積区画」は平面的に区画することで、建物の用途、規模、階数等によって100~3000m2ごとに防火壁を設ける事になる。

「水平区画」は上下階の区画であり、木造以外では一般にスラブは鉄筋コンクリートで作られるから、問題は無い。ただし外壁が燃えて上階に火が移らないよう、ベランダを設ける、外壁にたいしスラブを挟んで高さ90㎝以上を耐火構造にする、等のことを行う。「竪穴区画」とは建物には階段室や設備配管の為にスラブに開口が必要な為、開口部分を縦に煙突に防火壁で囲う区画である。

施工的に難しいのは「竪穴区画」である。それも設備配管、ダクトの為の区画であった。設計で設備配管、ダクトのスペースを十分大きくしてくれれば、問題無いのだが、配管やダクトから人間が入れないような隙間しか無い場合は困るのである。

その場合には、3面だけ防火壁を施工して、直ぐに設備業者に配管やダクトを施工してもらって、残った防火壁を施工することになる。この様な工事を「駄目工事」といって、本体、一遍に施工したいが、事情によって一部を残して施工することになる。そして「駄目工事」は手間が掛るのである。施工面積は狭いのだが、手順は同じことをしなければならない。竣工まじかで駄目工事が各階にあったら大変である。

さて竪穴区画にはまだ問題があって、防火壁を施工した後の点検が容易ではないことである。ダクトの周りに作った防火壁に孔が明いてないか、消防検査前に全部点検したのだが、懐中電灯を持って300カ所以上見て回ったのが思い出される。それでも消防検査時には緊張したものだった。

スタッドを建て、両面にリブラスを張って耐火被覆材を吹きつける防火壁は、表面の耐火被覆材は強度が無いから、容易に孔が明いてしまうのである。現場では足場材やパイプ、下地鉄骨等の材料が始終運搬されているから、耐火壁に当たると孔が明いてしまうのであった。今ではスタッドに耐火認定されたボードを両面に張る耐火壁が主流となっている。

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現場勤務の思い出44-耐火被覆工事-4 [建築施工]

筆者は耐火壁工事を担当していたが、仕上げ工事は別の係であった為、意匠の設計者とは今まで打合せはあまりしてこなかった。しかし耐火壁の位置を決めるには当然仕上げを検討しなければならない。勿論設計図はあるのだが、設計では耐火壁は「ALC」であったのを前のブログでも紹介したスタッドを建て、両面にリブラスを張って耐火被覆材を吹きつける工法に変更していた。ALCを変更したのは、高層の鉄骨造では大地震時での層間変形が大きく、間仕切り壁として追従しにくいからである。

当建物は本社ビルの為、一般階は事務所の大部屋なので、共用部の耐火壁のみ検討すればよく、一度決めればよかった。しかし本社ビルでは食堂階と役員会、会議室等があり、それぞれ耐火壁が設計されていた。ところが設計図はあるのだが、設計者としてはまだ時間があると思っていて、もうすこし凝ったデザインや仕上げ材を考えていたのである。

仕上げ担当の係へ早く設計を決めてもらうよう頼んだが、彼らには他の仕事もあり、設計者には中々催促してくれなかった。仕方が無いので、仕上げ材はともかく、防火壁の位置だけでも決めてもらうよう筆者自身が設計者と打ち合わせる事にした。その為に自分で詳細図を書いて設計者に確認してもらう手順とした。

A3のスケッチなのだが、多分50枚くらい書いたと思う。当時トレッシングペーパーに書く鉛筆は2Hが多かったと思うが、筆者は2Bで書いていた。2Bでは濃淡が表現できて、なんとなく設計者の書くデザインスケッチ風に思えたので、真似をしたのである。

耐火被覆工事は柱、梁は2回の吹く付け作業を行うが、2回目は少し日にちを置くので、上の階の1回目を先に行う。筆者が焦っていたのは2回目の時に耐火壁の吹きつけを同時に行いたいから、そうでないと吹き付け作業が3回になってしまい、施工効率は悪くなるからであった。

2Bで書いた筆者の検討図のせいではないが、流石に設計者も10~15mmの違いであるから、耐火壁の位置の承認について協力してくれた。

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現場勤務の思い出43-耐火被覆工事-3 [建築施工]

耐火被覆や耐火壁は、ラスモルタルや鉄筋コンクリート壁等は政令で耐火時間が決められており、これら一般の材料を使う分には問題が無い。しかし一般ではない材料を使う場合には、大臣認定を受ける必要があった(現在は性能評価)。

当現場では耐火被覆材や耐火壁は既に認定品であったが、唯一鋼板耐震壁の耐火被覆については決まっていなかった。基本的には構造体であるから、柱や梁と同じ厚さの耐火被覆を吹きつければよいが、柱と梁では耐火被覆の厚さは柱の方が厚く、少し異なっている。これは耐火試験をする時の過熱条件が異なるからである。

設計者は壁として認定を受ける考えであり、確認申請にもその様に審査されていた。筆者は上述のように少し違和感があったが、担当者としては実施工の方法を考え、仕様を業者と決めたのであった。大臣認定の事務処理は他の係が担当した。

鋼板耐震壁であるが厚さは6mmしかなく、階高4m(梁があるので実質は3m)ではベラベラなので、500mm角でスチフナ補強されていた。従って直に吹きつけを行うのは合理的ではない。そこで「リブラス」をスチフナに取り付け、そこに耐火被覆材を吹き付ける事になった。リブラスをスチフナに取り付ける為に、耐火壁の骨組みを施工している業者が、番線をU形にしたクリップを考案した。実用新案を申請している。

こうして実施工法が決定し、試験所で耐火認定の試験が行われ、無事に認定を取得できた。耐火壁の場合、片側からの過熱によって、2時間耐火であればその時間後、壁の反対側の表面温度が260℃以下であること、骨組みの鋼材温度が450℃以下であることが審査基準である。

ところで筆者の違和感であるが、柱や梁の耐火試験では鋼材温度が350℃以下であることが審査基準なのである。350℃は鋼材の強度が低下し始める温度であり、450℃はかなり強度が低下するのである。耐震壁が構造体であれば柱や梁と同じ350℃以下とすべきではないか、疑問に思ったのである。

一方、大地震時に直ぐには火災は発生しないから、火災後には耐震壁は機能しなくともよい、との考えもある。当時はその様に考え得心した。しかし今から思えば、熊本地震では2日後に又、震度7が発生したから、この理屈は通用しない。

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現場勤務の思い出42-耐火被覆工事-2 [建築施工]

鉄骨造の柱、梁の耐火時間は建築基準法施行令によって、最上階から4階までが2時間耐火、5階から14階までが2時間、それより下階は3時間耐火となっている。湿式吹き付け耐火被覆では3時間耐火の場合、厚さは60㎜となっている。

吹き付けの場合、通常2回吹きつけして厚さを確保する。1回目の吹きつけ後、厚さの目安の為にピンを挿しておく。2回目の時にこのピンが隠れるように吹きつければ、所定の厚さが確保されるのである。1m間隔くらいでピンを挿す。

そして監理事務所の最初の検査が行われた。筆者は当然立ち会ったのだが、検査者は長いピンを挿して厚さを確認していった。そして僅かに60㎜に欠ける部分があった。吹きつけ面は凹凸があり、凹部で僅かに足りなかったのである。

協力会社の担当者も筆者も言い訳は出来なかった。厚さの確保は当然であり、又、計測値は平均では無く、最小値が基準値なのである。結局、検査を受けたエリアは全て再度吹きつけを行う事となった。

作業員にとっては大変な手戻りであった。その為、以降の作業では60㎜に対して70㎜以上ともなるくらいまで吹き付ける事となった。材料費は嵩張るけれど、何しろ作業の手戻りの方が大変だから、当然の処置ではあった。

しかしながらそのことが今度は別の問題を引き起こした。設計では天井高さを決めるのは当然ながら少しでも高くしたい。その為、天井の下地材は梁の下端ぎりぎりに設計するのである。そして耐火被覆の厚さとしては10㎜のクリアランスしか想定していなかった。

70㎜を目標にすると、厚いところでは80㎜くらいにはなってしまう。その為、天井工事が始まると梁の下端の耐火被覆材がところどころ削られることとなった。天井の業者からはクレームが来てしまった。天井に関しては結局、耐火被覆の厚さはなんとか70㎜を超えないよう、ピンをたくさん挿して、又、自主検査も頻繁に行い、鏝で均したりもした。

一方、耐火被覆と同時に耐火壁の吹き付けも行っていた。耐火壁は薄い鋼材の「スタッド」を建てて、その両面に「リブラス」を取り付け、耐火材を吹き付けるのである。壁の方の厚みは2時間耐火で、又、審査基準も異なるので30㎜であった。その厚さも細かく検査されるので、厚さは10㎜余計に吹きつけた。

耐火壁の仕上げは下地骨組み付きの金属パネルであったが、その「納まり」もクリアランスが10㎜しかなく、こちらも問題となってしまった。壁は面積が大きいからもともと平滑にするのは難しい。設計者に対してクリアランスを20㎜にしてもらうよう折衝したのであった。金属パネルを張るような太部屋だから、10㎜位狭くなっても構わない、という事になった。

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現場勤務の思い出42-耐火被覆工事-1 [建築施工]

地上工事が始まって直ぐに筆者は耐火被覆工事を担当することになった。溶接や高力ボルト。デッキプレート等はそのまま担当したので、忙しくなってきた。耐火被覆工事では防火壁工事とも関係している為、意匠設計者共打ち合わせることにもなった。

耐火被覆工事は鉄骨工事費の1/5くらいあって、作業員は50人近くにもなる工事であった。その担当なので、大げさにいえば小規模現場の所長みたいな感じである。入社3年目なのでなんでも挑戦するつもりになっていた。

耐火被覆のプラントをどこにするかが問題であった。耐火被覆は岩綿吹き付けであり、防火壁にも認定されている材料である。流動性のある材料はポンプで100m以上圧送することが出来る。その流動性のある岩綿を練る為のプラントである。

一般には耐火被覆のプラントは地下階に設ける例が多い。水を使うからと、材料の搬入が容易なためである。しかし当現場はセミ逆打であり、地下室は地下3階の床が出来たくらいで、切梁が残っている。筆者は耐火被覆工事会社のベテラン担当者と現場を回って、頭をひねっていた。ベテラン担当者もこの様な現場は初めてなのである。

地下1階の躯体が出来るには相当な時間が掛る。一方地上階はデッキプレートを使って床スラブは次ぐ次にできてくる。それならば地上にプラントを作ったらどうかと考えついた。ベテラン担当者はピンとこなかったらしい。

プラントには2つの天井クレーン(ホイストスレーン)が必要で、一つは被覆材の入ったトン袋(300kgくらいである)を荷降ろしして、混練りする場所まで運ぶ。もう一つはそのトン袋をミキサーに投入するために吊るクレーンである。これらは耐火被覆工事会社のものである。

筆者はその最初のホイストの吊り能力を調べてみた。すると吊りあげ速度が極めて遅い、旧式のクレーンである事が分かった。会社の機械部にあるホイストの1/5くらいの速度なのである。これならば、地上3階にプラントを造って、地上から耐火被覆のトン袋を揚重しても対して変わらない作業時間で済むのである。

3階をプラントにしたのは、2階は前のブログで紹介したように2階床梁を仮設的に2m上に取り付けており、床が出来てない為である。プラントの計画図を作成して所内の了解を得、作ることとなった。最初に材料が入ってきたときに立ち会ったが、荷降ろしを終えて職長は作業時間に問題無い、と言ってくれた。

そして作業員の詰所も3階に置いた。3階と言っても2階は階高があるので4階くらいの高さなのだが、緑の木々が見えたり眺めが良い。以前の現場では地下室だったから、作業員の評判は良かった。職長や作業員とも直ぐ仲良くなった。先ずは上々の滑り出しであった。

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現場勤務の思い出41-鉄骨工事-19 [建築施工]

1978年(昭和53年)2月20日の13時36分に現場事務所が大きく揺れた。昼休みの後、午後の仕事に取り掛かってすぐのことである。震源地は宮城県沖で、マグニチュードは6.7、東京では震度4を記録している。尚、この年の6月12日には再び宮城県沖地震が発生し、マグニチューは7.4と大きく、1978年の宮城県沖地震は後者をさす。

筆者は急いで現場事務所の外部廊下に出て鉄骨を見上げた。既に鉄骨は最上部まで建て方を終えていて、地震によって大きくジブが上下していた。鉄骨自体も揺れているのが分かった。流石に地震が続いているときには行けなかったが、揺れが収まってから直ぐ工事用エレベーターに行き、タワークレーンのベース部を確認した。

見たところ特に異常は見られなかった。仮設の架台と本体鉄骨を繋ぐガセット梁のボルトも滑った様子は無かった。本体の鉄骨も梁の高力ボルト接合部の異常も無かった。前のブログで書き忘れたのだが、タワークレーンの架台を受ける梁については、エンドタイプ(梁フランジを現場溶接)から柱と梁はブラケットタイプ(柱梁は工場溶接)に変更していたのである。

タワークレーンの設置の検討では地震力を震度0.2(≒せん断力係数)としていた。しかし今から思えば、地動に対して上階の鉄骨部ではおそらく2倍くらいに増幅されるであろう。更にタワークレーンは36mの自立構造である。タワークレーンの重量は上部旋回体に集中しており、ホイッピング現象が起きて更に地震力が増幅されるであろう。

こう考えると、本当に大地震が起きたら、否、震度5弱くらいの地動が起きたら果たして大丈夫であったかどうか、分からない。今ではPCを使い上述の増幅を考慮して、震度5弱の地震に対して検討されている。

なお2002年3月31日に台北で地震が起き、台北101の鉄骨工事中だったタワークレーンが落下する事故となった。構造設計は日本の設計事務所で、タワークレーンの設置検討もしていた。その設計条件は震度5弱である。あくまで鉄骨工事期間を考慮しての設定であり、常識であった。しかし台湾の監督官はタワークレーンのオペレーターは40年間タワークレーンを運転する、と主張した。言われてみれば反論できない。

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