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バス待ち中に雪かきで安全に-停留所にスコップ [エッセイ]

バスの待ち時間などに雪かきをしてもらおうと、青森市内のボランティア団体が6日、市内のバス停にスコップを設置した。スコップは、国道や県道沿いの市内7か所のバス停に、2本ずつ設置された。ボランティア団体「あおもり雪国懇談会」が2005年から設置している。バスを待つ間などに乗客らが助け合って雪かきをすることで、乗り降りの際の安全を確保することが狙いという。

同市中央の市役所前のバス停で6日に行われた設置式では、同会の奈良秀則会長が「雪と共に暮らすため、小さな活動が大事だと思い続けている。スコップが安全で安心なバスの利用につながってほしい」とあいさつ。その後、雪かきを促す掲示やスコップがバス停に取り付けられ、メンバーが雪かきをした。来年3月下旬まで設置する予定という。2017/12/08 読売

スコップで雪かきをするメンバー.jpg

スコップで雪かきをするメンバー(6日、青森市で)

筆者は4年前の関東地方の大雪の時、翌日路面が凍結して朝、出勤時に滑って右手首を骨折してしまった。雪が残っていたので普段の通勤シューズではなく、底に刻みのあるブーツにしていたのだが、歩道を歩いていて駐車場からの出入り口部の舗装が凍結していたのである。

後ろに滑ったのだが、とっさに頭部を庇って右手で手を着いたのである。通勤鞄は手提げにも背負う事も出来るもので、背負っていたこともあって、頭部を打つことは無かった。もし直接路面に頭部を打っていたら深刻な事態になったかもしれなかった。

骨折は初めてだったので、痛かったがそのまま会社に行き、着いた時には手首はかなり膨らんでいた。同僚からすぐ会社近くの病院に行くよう勧められ、見てもらいに行くことになった。手首には「橈骨」と「尺骨」の2本があって、担当医にレントゲン撮影を診てもらい橈骨の複雑骨折であることが分かった。

担当医によると手術をしなくても固定しておけば自然治癒するそうだが、「橈骨」と「尺骨」の長さが変わるので手首が少し曲がる状態になると言う。筆者の年齢では手術した方が良い、とのことであった。もう止めていたのだがゴルフが出来るように完治するか伺うと、出来るとのことだった。

病院は混んでいて相部屋の病室は無く、差額が生じる個室が2日後に空くとのことであった。家の近くの外科病院でも良かったのだが、最初に診てもらったことから入院手続きをした。手首を固定したので、親指と人差し指しか使えなかったが、PCのキーを打つ事は出来た。しかし食事の時に箸は持てない。

手術の執刀は慶応病院整形外科の講師であった。担当医は主治医であり、執刀は別の医者と言う事なのである。手術は肘に近い部分の骨を薄く削って、複雑骨折した橈骨の隙間に移植する術式であった。全身麻酔である。

覚醒した時からが大変であった。手術したところは鎮痛剤を点滴に入れてあるので、我慢できない痛さではあったが、問題は点滴をずっと続けたことである。筆者の腕の血管は細く、若い看護師は何度も針の挿入が不完全であった。そのたびに刺したところが膨れ上がった。

そして尿意を催した時である。手術した後なので心電図などのセンサーが取りついているので、「尿瓶」を使ってオシッコをしなければならなかった。しかし全身麻酔の後は「オシッコの仕方」を筋肉が忘れて仕舞っていて、なかなか出てこないのである。

看護師にそのことを伝えると、ベッドに腰掛けてしたらどうかと言われて試みたが、看護士が持つ「尿瓶」へはなかなか出せない。これは「情けない」格好の所為かもしれなかった。仕方なくもっと尿意が高まれば出るだろうと諦めたが、夜中になってもう我慢が出来ず、心電図などのセンサーを外してもらい、点滴と一緒にトイレに行き、膀胱を押してみるとようやく出たのだった。点滴はずっとなので、夜中に更に同じことをしたのであった。

手首を固定されると、食事の食パンにバターやジャムを付けることが出来ない。だからご飯を匙で食べるか、おにぎりにしてもらう。今の病院の食事は美味しかったが、幾ら労災で治療はただであった(入院時に偶々4人部屋が空いた)が、5日間の入院はもうこりごりである。

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NHK受信料制度「合憲」-最高裁が初判断 [エッセイ]

テレビがあるのに受信契約を拒んだ男性に、NHKが受信料を請求できるかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は6日、受信料制度は「表現の自由を実現するという放送法の趣旨にかなうもので、合憲」との初判断を示した。「契約の自由」などを保障した憲法に違反するとした男性側の主張を退け、双方の上告を棄却。男性にテレビ設置以降の受信料支払いを命じた2審東京高裁判決が確定した。

15人の裁判官のうち14人の結論。契約の成立時期は、NHKが未契約者を相手に裁判を起こし、勝訴が確定した時点とした。木内道祥裁判官は「放送法が定める契約義務は判決では強制できない」との反対意見を述べた。

「受信設備を設置した者は、NHKと受信についての契約をしなければならない」とした放送法の規定の合憲性が最大の争点。900万件以上とされる未契約世帯への徴収業務に大きな影響を与えそうだ。2017.12.6 産経

筆者の家では勿論、衛星放送も含めて受信料を払っているから、今回の最高裁の合憲判断について関心は全くなかった。従ってメディアが揃って報道するのを見て、改めて受信料について係争内容を知ったのである。

係争理由は「契約の自由」に関してであった。てっきり受信契約を拒んだ男性側の主張は「NHKは見ていない」と思い込んでいたのである。NHKを見ていないなら受信料を払いたくない、のは誰しも思うのではないだろうか?

又、受信料制度は「表現の自由」を保障する制度であり、憲法の理念に適う合理性があるとした。特定の個人、団体、国の機関からの圧力が掛らないようにするためだそうで、逆にいえば、民放はスポンサーの圧力を受けている、と言ったも同然である。

こうなると「公共放送」とはどうあるべきか、という事が問題となる。今のNHKは「公共の利益」に適うものなのか、である。これに対してはお目付け役のNHK審議会が監視しているという仕組みである。

しかし筆者は思うのだが、「公共の利益」の中で最も大きいのは「国益」である。歴史問題では日本は海外から「言われっぱなし」であり、明らかに内政干渉の報道もされ続けている。これに対して何故NHKは反論しないのか?例えば日本の教科書に海外から、とやかく言われる筋合いは無い。言った国に対してはその国の教科書について反論すべきである。

第二次世界大戦を始めたドイツ政府には有能な宣伝担当者がいて、世論を煽ったことは有名である。しかし1党独裁国家で言論統制、世論操作は必要であり可能だが、今の日本ではほぼ完全に言論の自由が保障されている。それこそ日本の国益を損なうことを言う文化人の方がメディアに多く出てきている。

NHKはどうあるべきか、を考えるには是非「公共放送」として「国益」についても明確にしてもらいたい。NHK受信料は生活に関わることなのだが、考え始めるとどうしても政治の事となってしまう。

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羽生善治棋聖が竜王戦勝利で史上初の永世七冠達成 [エッセイ]

将棋の第30期竜王戦七番勝負(読売新聞社主催)の第5局が4、5の両日、鹿児島県指宿(い
ぶすき)市で行われ、挑戦者で先手の羽生善治棋聖が渡辺明竜王に勝ち、対戦成績4勝1敗とし、竜王位を奪取した。通算7期の竜王位獲得で「永世竜王」の資格も得て、これまで保持している6つの永世称号を合わせ、前人未到の「永世七冠」を達成した。羽生新竜王は獲得タイトルを通算99期とし、最多記録を更新。100期の大台まであと1期に迫った。

羽生新竜王は平成7(1995)~20(2008)年にかけ、竜王以外の6つのタイトル戦で規定の回数以上のタイトル獲得を満たし、永世棋聖・永世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世王将の6つの永世称号を保持していた。

竜王を6期獲得し、永世竜王まであと1期に迫っていた羽生新竜王は、20年と22年にも竜王戦七番勝負で渡辺前竜王に挑戦したが、いずれも阻まれた。今回、7年ぶりの挑戦で偉業を達成した。2017/12/5 産経

筆者が将棋を覚えたのは小学生のころであるが、40歳近くになって将棋を再び始めたのは羽生善治が18歳の時のNHK杯戦を見たからである。将棋ファンならご存知の加藤一二三戦での「5二銀」に驚愕したのであった。解説の米長の驚いた奇声も影響したかもしれない。羽生はこの年度のNHK杯で最年少優勝した。

以来、将棋新聞を購読し始め記事を読むのもさることながら、初段を目指したのである。将棋新聞には級や段位を認定する問題が掲載されており、一定期間内に規定の合格点を重ねれば段位(級も)を取れるのである。いきなり上の段には行けないので初段(級が無くても可能)から始めたのである。

数年かけて4段になって初めて免状を申請した。5段の免状を申請するには4段の免状が必要なのであった。4段の申請料は7万円(+税)で、5段は10万円(+税)である。免状の申請料は将棋連盟の貴重な収入源なのである。

免状には連盟の会長の署名と名人、竜王の署名がされる。従って贔屓の棋士が名人、竜王になった時に免状が申請できれば将棋愛好家としては嬉しい。筆者はもうお分かりの通り羽生のファンだから免状の署名は羽生が少なくとも名人、竜王のどちらかであって欲しかった。

4段の時には叶わなかったが、5段の時は棋力合格後の申請の期限を過ぎても待っていた。1年後についに羽生が名人竜王となったのである。早速将棋連盟に電話してみた。「お受けします」との返事であった。連盟としても商売なのである。

今回の羽生の永世7冠達成は将棋史に燦然と輝く偉業である。筆者にはその偉業が分かるのだが、将棋を知らない人には次の様な理解はどうだろうか?「永世」というと物珍しいが「名誉」と置き換えてもよく、現に羽生の7冠のうちには「名誉王座」も含まれる。

世の中には名誉会長とか名誉教授とか、会長や教授を長年務めた人に送られる称号である。国立大を退官し、その後70歳くらいまで私立大学で教授や学長になった人は2つの大学で名誉教授となっている。羽生の7冠は7つの名誉教授を与えられるのに等しい、と筆者には思える。

なお名誉教授になるには一般に、教授として15年以上勤めるか、著しく顕著な業績を上げるか、学長になるかである。

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日本の食文化を後世に遺す-「今年の一皿」2017年は「鶏むね肉料理」に決定! [エッセイ]

今年の日本の世相を反映し象徴する2017年「今年の一皿」に鶏むね肉料理が選ばれた。日本では一般的に「もも肉」が好まれる傾向にある中、高齢化や健康志向の高まりから、糖質・脂質の過剰摂取を控えてたんぱく質を適正に摂取しようとする人々が増え、「むね肉」の高たんぱく・低脂肪の特性に注目が集まった。同時に、抗疲労効果や抗酸化作用があるイミダゾールジペプチドが豊富に含まれる「むね肉」の機能性についても、消費者に広く認知されるようになった。

脂質が少ないことから加熱すると硬くなり、パサつくといわれる「むね肉」だが、ここ数年で塩麹に漬ける、真空低温調理するなどの技術により、柔らかくしっとり美味しく食べられるようになった。特に今年は、たっぷりの野菜・果物に肉類をあわせて主食とする新しいスタイルのサラダの需要も伸び、サラダの具材としても広く活用された。2017/12/04 ぐるなび総研

筆者は働いていたころから、気が向いた時には料理を造っていた。例えば一日かけての牛の尻尾のシチュウや餃子、鍋等である。料理好きになったのは壇一男の「壇流クッキング」を読んでからで、この本は調味料の分量を書いてないなど、料理本としてはかなりいい加減であるが、男も料理すべきとの啓蒙書としては素晴らしい。

偶々「今年の一皿」という発表を知って、今年は「鶏むね肉料理」に決定されたのは合点が行く。家では鶏の胸肉を頻繁に使っているからである。例えばソテーにして野菜の甘酢かけやバルサミコで味つけするのや、団子にして鍋に使う。団子にする時にはシャンタンを混ぜるか、手前味噌とネギ、椎茸を入れて味をつけている。やはり胸肉はぱさぱさして、腿肉に比べ味が薄いので味を補うのがポイントである。

鶏の胸肉はヘルシーだから、昔からアスリートたちは蛋白源として活用していた。例えば陸上のカール・ルイスは鶏肉しか食べなかった。カールは幅跳びも行っていたから、鶏肉を食べていたわけではないのである。

家の場合もヘルシーなことは食材として重要で、美味しい事は分かっているが豚のバラ肉は決して使わない。バラ肉から作るベーコンはクラムチャウダーを造る時にしか使わない。鶏の腿肉は皮を剥いで、ミネステローネの出しを取ったら捨て、肉の部分だけを使う。

胸肉のパサツキを補うのにカツレツにする方法があるが、家では揚げ物はしないからカツレツは作らない。今はヘルシーなサラダ脂があるからカツレツや天麩羅も構わないのだが、たまにしか使わないから、サラダ油が残ってしまうからもったいない。家には胡麻油とオリーブ油しか置いてない。胡麻油で挙げ物をしたら美味しいに決まっているが、あまりにお金が掛る。

とうとう本音を言ってしまったが、家で鶏の胸肉を使うのは安いからなのである。しかし家では肉と魚を毎日交互にしているから、鳥の胸肉ばかり食べているわけではない。腿肉も買うし、豚の腿の塊肉を買って、自分で脂を取って使ってもいる。牛のステーキは月に一度あるかどうか、であるが、それも米国産なので柔らかくは無い。

しかし安い食材であっても料理次第で美味しくなるし、どうしても贅沢な美味しいものを食べたくなったら外食する。これは年に数度であるが。

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「立ったまま会議」いいことだらけ?-弘前市が導入 [エッセイ]

青森県弘前市は「働き方改革」の一環として、イスに座らないで立ったまま会議を行う「スタンディングワーク」を導入した。22日、会議の模様を報道陣に公開した。市は庁舎内に、ディスプレーや、書き込んだ内容を電子データに変換して記録できる「コピーボード」を備えたスタンディング会議室を2室設けた。10月中旬から、これらの会議室で立ったまま、会議している。

市によると、スタンディングワークを導入した目的は、会議時間の短縮や事務の効率化、ペーパーレス化、健康増進など。会議時間を「約1時間以内」と決め、資料は配布せずに中央のディスプレーに映し出す。個々人はメモを取らずに、書記役が代表してコピーボードにメモを書き出し、電子化したものを共有する。また、立ち続けることで、健康面の効果に期待できるという。

この日の公開会議に参加した山本昇副市長は「顔を上げたまま話し合えるので、会議に集中できる。まったく同じメモを全員が共有できるのもいい」と話した。2017/11/27 読売

筆者は建設業に40年勤務していたが、現場勤務は最初の4年間で残りは管理部門の技術部署が職場であった。現場でも会議は多いが、管理部門では更に多く、ほぼ毎日のように会議があって会議が商売、という感じである。

筆者の場合、会議としては部署の連絡会議、図面検討会、施工準備委員会、現場での技術指導の確認打合せ、技術開発プロジェクト関連会議、技術報文発表会関連会議、社員教育関連会議、技術営業関連会議、クレーム対応関連、学会委員会等があって、手帳のスケジュールが埋まっていく。

会議の内容としては、周知、報告、検討会、報告&検討会等があり、周知、報告だけであれば準備資料が十分であれば時間はかからない。会議が長引くのは「検討」がある会議である。その場で出席者の考えを聴き、まとめていくのは司会者の役目であるが、例えば「クレーム対応」の会議では出席者は中々発言しなくて、方向性を決めるのも大変である。

小田原評定ではないが、だらだらと2時間以上も会議を行うと、特に午後の会議では寝てしまう出席者も出てくる。従ってこの報道のように「立って会議」と言うのは午後の会議には有効であろう。馬は立ったまま寝られるが、人間は無理であろう。

会議には議事録が必要である。人間はその時には覚えた気になっても時と共に内容を忘れるからで、又、文書化するのはISO(国際標準化機構)でも各種認証には文書化を要求される。筆者は若いころは自分で司会をしながら議事録を書いて、終わった時に出席者に回覧し、捺印してもらった。元々字は奇麗ではないが、上司はそんなことは構わずそのやり方を褒めてくれた。

しかしやがて議事録はワープロからPCで奇麗な体裁となり、何時しか会議が終わってから大分経って完成するようになってしまった。必ずしも遅い事が悪いわけではないが、やはり後からの議事録の回覧では、その時の発言と回覧時には微妙に変わる人もいて、訂正に戸惑う事もある。

これからは会議の様な事務的作業の効率化が一層進んでいくのだろう。そして余った時間は人間でしかできない、創造的な仕事に傾注するようになるのだろう。でなければAIに仕事を奪われてしまうから大変だ。

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「ゼロ」達成の待機児童一気に1887人-横浜市 [エッセイ]

横浜市は1日、認可保育施設を利用できない待機児童の人数について、厚生労働省による新基準を10月1日時点の統計から初適用した結果、1877人に上ったと発表した。新基準は復職を希望する育児休業中の保護者の子供を含めるのが特徴で、1419人が該当した。

横浜市は2013年に「待機児童ゼロ」を達成し、その後も少ないことで全国的に注目されてきた。新基準で一気に膨らんだ格好だが、「新基準でもゼロを目指す目標は変えない」としている。すでに新基準で集計を終えた川崎、横須賀も増加した。

厚労省は、「保育所に入れず、やむをえず育休を延長しているケースもある」などの指摘を受け、復職の意思がある場合は待機児童に含める新基準を定めた。横浜市では、育休延長が目的である以外は幅広く適用し、前年同期比で1486人増えた。旧基準分の待機児童は458人で、4月の2人から増加。これは、年度途中に転入した子供の申請などがあるためで、例年、春に比べて増加する。

保育施設の利用申請者は4月から3400人増え、10月は過去最多の6万8544人。市の推計では来年度に7万人を突破する見通しで、施設整備による3000人規模の受け入れ枠拡大では、追いつかない懸念もある。ただ、市は新基準でも「ゼロ」の目標を変更しない方針だ。2017/12/02 読売

待機児童問題は日本の少子化問題とダイレクトに関係している。今の日本は、株価と求人倍率に関してはバブル時のようだが、中身に於いて正規社員は少なく、男性社員の給与は必ずしも多くない。一方、女性の労働力が重要になっており、結婚後も殆ど夫婦共稼ぎ世帯となっている。

結婚は基本的に子供をつくることだから、出産する女性は産休後、未だ1歳の子を保育所に預けて働き始める。しかし朝早く保育所に預け、退社後はすぐ又保育所に行って子供を連れて帰宅し、夕食の支度するのは大変な仕事である。

夫婦どちらかの両親が近くに住んでいれば子供の面倒を見てくれるのだが、その様な家庭は少ないし、両親も親の介護をしていたら、とても孫の世話は難しい。つまり保育所が必要なのは今の共稼ぎが多い状態の日本では早急に解決すべき問題なのである。

しかし保育所を簡単に作ることは出来ない。先ず適当な土地が少ないのである。上述のように保育所は、通勤する女性なり夫なりが預けるのに便利でなければならない。しかしその様な便利な所には土地は少なく、あっても地価は高くて採算が合わない。

又、保育所が出来ても預かる保育士が少ないのである。保育士の資格者数は多いようだが、給与や待遇が良くないので中々なり手がいないのが現実である。1歳から6歳まで預かるのだから、有資格者が規定数いなければやはり問題だから、対策としては給与待遇を上げるしかないのである。これも経営上の問題だから、どうしても公的は補助金が必要となる。

そうした中、横浜市が待機児童ゼロを発表して話題になったのは当然である。今回ゼロとはならなかったが、新基準での集計の結果であった。新基準はやはり合理性があるから、横浜市としてもこの規準でもゼロを目指すのは心強い話である。

なお産休中は「育児休業給付金」が支給されるが、対象が今年10月からは最長2年間となった。やはり子供が小さいうちは母親がそばにいることが必要で、出来れば、生まれて情緒がある程度出来るまでの3歳まで母子は一緒が望ましい。その意味で今回給付金制度が延長されたことは一歩前進である。

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子会社で改竄 タイヤの補強材など149件と発表-不正把握から1年以上非公表 [エッセイ]

東レは28日、同社の100%子会社が、製品の検査データを改竄していたと発表した。改竄は平成20年4月から28年7月の8年3カ月に149件あり、顧客と約束した仕様を満たさない不正な製品をタイヤメーカーなど13社に納入していた。東レは不正把握から1年以上公表しておらず、情報開示の姿勢を問われそうだ。

同社の日覚昭広社長は28日、東京都内で記者会見し、「大変なご迷惑をおかけし、まことに申し訳ございません」と陳謝した。

製品データ改竄は神戸製鋼所や三菱マテリアル子会社でも相次ぎ発覚。東レは榊原定征経団連会長が社長、会長時代に問題が起きていたことになり、日本の大手製造業への信頼が損なわれるのは必至だ。2017/11/2 産経

日本は現在民主主義国家としては世界第二位の経済大国である。それを支えるのが製造業を主軸とした技術産業なのである。経済界の「総理」と言われる経団連の会長の出身会社である東レが8年以上も前から(つまり経団連会長が社長、会長)不正を隠ぺいしていたとは、筆者にはもう何が何だか分からないくらいである。

東レの社長の会見を見たが、本当に謝罪の気持ちがある様には思えなかった。言い訳に聞こえるのは、例えばJIS規格には合格しているから、社内規格に不合格でも違法ではない、というものである。これは待ったくの詭弁である。今は「誇大広告」が分かれば違法なのである。日本の製品は「品質が高い」と、他国との製品との違いをアピールしているのではなかったか。

筆者はTQCを経験しているから統計的品質管理は一応勉強した。大量製品の品質検査には全数検査は出来ないから、抜き取り検査とならざるを得ず、統計学が必要となってくる。製品にはバラツキが出るから、バラツキの程度である「標準偏差」を計算し、平均値からどの程度の範囲までバラツキがあるかを見るのである。

規格値を満足させるには、例えば平均値に標準偏差の1.73倍を加えて製造するようにすれば、規格外(不良品)の発生確率は5%となる、と言う様な事である。不良率を1/1000にするには標準偏差の4.6倍を平均値に加える。東レの社長の会見はJIS規格で規定する不良率を遥かに高い社内規格としているので、安全上は問題ない、と言いたかったのだろう。

しかし繰り返すが、誇大広告」は違法なのである。東レの日覺昭廣社長は東大工学部出身だから、技術屋的な発想で弁解したのであった。ところでネットで調べてみると、日覺昭廣社長は経営者として有名であり、いろいろな箴言が載っていた。

例えば「世の中ではすべて正しいことが行われている」と言うものである。又、「現状を把握できていなければ、軌道修正もできなくなる」とか「面白いのは厳しい環境にある会社ほど、業績がいいということ。まさに「疾風に勁草を知る」で、困難に直面して初めて、その価値や強さが分かる」である。日覺昭廣社長に先見性があることは確かなようだ。

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の中で、30年前の主人公は日本製品を見て粗悪品と思い、現在の主人公は日本製品を高級品と見なしていた。1985年の映画だから、今から30年前である。今回の事態では、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の30年後の主人公は日本製品をどう言うのだろうか?

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中高生の読解力ピンチ-文法分からず中学生43%が誤答 [エッセイ]

主語と述語の関係といった「係り受け」など、文章の基本的な構造を理解できていない中高生が多くいるとみられることが、国立情報学研究所の新井紀子教授らの研究チームによる調査で分かった。新井教授は「読解力が不十分だと社会生活を送る上でも大きな影響が出る」と懸念している。

調査は平成28年4月~29年7月、中高生を中心とした約2万5千人を対象に実施。中高生の教科書や辞典、新聞記事などに掲載された文章を題材に、基礎的な文法を踏まえていれば答えられるようにした問題を出した。

例えば中学の教科書から引用した「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」の一文と、「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」の一文とが同じ意味かどうかを尋ねたところ、「同じ」と誤答した中学生は約43%を占め、高校生でも約28%が間違えた。

調査では、中高生に1カ月に読んだ本の数やスマートフォンの利用時間、1日の勉強時間など生活状況も尋ねたが、読解力との明らかな相関はみられなかった。一方、経済的に困難な家庭に学用品などを補助する就学援助を受けている子供の割合が多い学校の正答率が、相対的に低いことも分かった。2017/11/28 産経

国とは国語である、という考えがある。言葉は数千年の歴史の中でその国独自の進化(?)をしてきた。即ち、国の歴史そのものであり、言葉が同じ、というのは文化が同じことでもあって、その国独自のものなのである。

日本人が日本人である為には、まず日本語をしっかりと覚える必要がある。これは決して排他的、差別的な考えではない。日本に帰化するのにはいくつか条件があると思うが、やはり日本語を話せることは重要である。日本が好きになってもらうことも大事(そもそもこれが帰化の動機であるはずである)であるが、日本人を好きになるには会話は欠かせない。

何故、報道とは少し異なる帰化する事を書いたかは、元々日本人として日本に生まれ、日本語を話している子供の国語があやしくなっては、これは日本文化が失われる大変な事態なのである。太平洋戦争後、日本語を廃止して英語を母国語にする目論見があったようだが、天皇制と同じく、日本の国柄を残すべく抵抗したのである。

報道の表題の「文法分からず」という表現は少し違和感がある。それはどの様な言語であっても、文法を意識して会話や文章の読み書きはしていないからで、それは母国語だからである。1歳ころから言葉をかなり覚えてきて、赤ちゃん言葉が話せるようになるが、赤ちゃんは「文法」を知っているはずはない。

しかし報道の内容の「読解力」の低下についてであれば、当に憂慮すべきことである。例えば試験問題も読解力が無ければ、数学、理科、社会など全て教科の文章問題は出来ない。「読解力」低下の理由は極めて明確である。即ち、今の子供たちや、多分30代くらいまで本を読まなくなったからである。今やベストセラーは殆どなく、多くの作家の初版は6000部だそうだ。

筆者は典型的な理系なのだが、読書は趣味となっている。活字中毒とまではいかないが、何かしら活字を読まない日は無いし、いまはブログのネタ探しで様々な情報を読んで忙しい。終の住処には本棚用の納戸があって、2000冊くらいの本がある。中学、高校と歴史の授業は嫌いであったが、社会人となってからは歴史小説を読んで、日本の歴史に関しての知識は殆ど歴史小説からである。

小説が売れなくなったのは若い人が本を読まなくなったからではあるが、一方、最近の本は長編小説が多くなっているのも原因かもしれない。その理由の一つにパソコンによる執筆があるかもしれない。パソコンでなら幾らでも修正、編集が可能であり、とりあえず思いつくまま打ち込んでいき、更に膨らますことも可能である。筆者が現役のころ、分担執筆や論文を書いた時がそうである。

真っ当な作家はその様なことはしてないだろうが、例えば上、中、下3巻1500頁ともなると、やはり手が出しづらくなるに違いない。その様な文学界の状況ではあるが、親が読書している姿を見れば、小学生くらいまでの子供は本を好きになる様に思う。

小学校からの英語の授業が始まっている現状で、いかに子供たちに本を読ませるようにしていくか、学校任せにしてはいけないのではないか。

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ポーラ美術館-杉山寧「水」 [エッセイ]

ポーラ美術館のコレクションは前のブログで紹介したが、その多さや、質の高さには堂目した。ルノワールの「レースの帽子の少女」に会えたのは嬉しかったが、筆者には杉山寧の「水」があったのは本当に驚いた。手元にある杉山寧の画集には所蔵元が書いてなく、多分、個人所有なのだと思っていたからである。
杉山寧「水」.jpg

「水」(ポーラ美術館HP)

個人所有の場合、大抵は所有者が悦に入って眺め、招いた客に自慢するのだと思うが、展覧会に期間限定で貸し出すこともあるから、杉山寧の「水」に出会うのは展示会の情報を絶えずチェックしていなければならない。

しかしポーラ美術館にあったのである。もともと箱根に来たのは会員制ホテルの利用券を義弟が入手したので、義母と義弟と家内と4人で来たのである。今の時期は紅葉が見ごろなのだが、寒いし、あまり歩きたくなかったから、まだ入ったことのないポーラ美術館に来たのであった。

杉山寧の「水」は地下1階の展示室にあった。147.3 x 227.3cmの大きさの絵は深い青の川を背景に、黒い服を着た女性が水甕を頭に載せている構図である。シンプルな構図であるが、川辺が上下に少し描かれ、女性は7:3の位置に立っている。この構図はもうこれしかない、と思えるバランスになっている。

画集で知っていたのだが、杉山寧はそれまでの日本画の常識を代える筆法である、岩絵の具を微笑に細かくはしないで、立体な絵付をしている。ナイル川といわれる川も岩絵の具で表面はザラザラしている。そして女性の服はその上に描かれたものであることが分かった。やはり実物を見なくては分からないものだ。

そして水甕であるが、画集ではディテールも載っていたので、その細かい描写は陶芸家が見たら驚くほどではないか、と思っていた。そして実物もまさにその通りで、この甕は川のテクチュアとは別である。女性の顔もそうだが。

杉山寧は他に芸術院賞を受賞した「孔雀」等も展示してあり、十分杉山芸術を堪能できた。国宝になるには、少なくとも製作してから50年経過していることが条件らしいが、杉山寧の「水」の製作は1965年である。

日本画の常識を代えた杉山寧の代表作「水」は、国宝にすべきではないかと筆者には思える。

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ポーラ美術館-オーギュスト・ルノワール [エッセイ]

ポーラ美術館の事は勿論名前を知っていたのだが、どの様な美術品が所蔵されているのか全く知らなかった。そして展示室に入ったのだが、先ず驚いたのがカメラ撮影が出来るのである。ただしフラッシュ撮影と、個別の美術品で撮影禁止となっている。美術館で撮影できるのは驚きであった。

昨日のブログで展示されている画家名を紹介したが、やはりオーギュスト・ルノワールの作品には素直に魅かされる。その中でも「レースの帽子の少女」が表情といい、色使い、背景等の組合せで、如何にも当時のお嬢様を描いている。この子を現代にそのまま連れてきたら、世界中のアイドルになれるだろう。

レースの帽子の少女.jpg

レースの帽子の少女

他にも「水浴の女」や「エッソワの風景」等が展示されている。「水浴の女」も中々良いのだが、入浴なのに何故背景が草木なのだろう。入浴ではなく日光浴なのだろうか?そしてルノワールの「色彩」が十分ではないように思えるのだが。

オーギュスト・ルノワールは昨年の8月に国立新美術館で鑑賞したが、その時の絶品は「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」であった。Wikiで調べたら、木洩れ日の射す中、多くの着飾った人々の舞踏会であるが、手前の夫人の眼差しは「レースの帽子の少女」が大人になった時の様である。

最近の日本女性は細くなるのが理想の様に思っているような気がするが、「レースの帽子の少女」で見える二の腕は健康的なものだ。可愛らしく、健康的な肢体こそ女性の魅力だと思うのは筆者の思い込みなのだが、この「レースの帽子の少女」が思いこみの根拠になると思っている。

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