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Uターン、関越道で50キロ渋滞-16日も混雑 [エッセイ]

お盆休みを故郷や行楽地で過ごした人のUターンラッシュが15日、新幹線などでピークとなった。JR東日本によると、新幹線上りの自由席の乗車率は、午後4時までに、東北新幹線で最大150%、上越新幹線で同110%。東京駅では、ホームに新幹線が到着するたび、大きな荷物を抱えた家族連れらでごった返していた。

日本道路交通情報センターによると、15日は最大で関越道50キロ、東北道48キロの渋滞が発生した。16日も混雑は続くという。2017/08/15 読売

御盆休みでの帰省ラッシュは毎年恒例のように繰り返し、報道のように各地へ帰省した人達の大変さが報道されている。高速道路の渋滞は風物詩のようであり、又、交通情報センターによる予測はかなりの精度で報道されている。

家では筆者と家内の双方の実家は車で何時でも行ける所にあり、この帰省ラッシュに関しては全く経験していない。全くの他人事であるが、高速道路のICに繋がる道路が混雑するので、この時期に所用で出かける時に思わぬ余波を受ける事がある。

子供のころは母の実家は「田舎」だったので、偶に帰省すると昆虫取りをしたものである。そして食事であるが何しろお米が美味しかったのを覚えている。今から思えば、農家では自分たちが食べるお米については「無農薬」で栽培していたのだろう。或いは精米したてだったのかもしれない。

帰省した人へのインタビューでは親は大変そうに見えるが、子供たちにとっては楽しい夏休みの思い出になった様である。又、子供にとっては祖父母に顔を見せれば必ずお小遣いがもらえるだろうから、やはり帰省は実利も伴ってよい事なのだろう。

長い交通渋滞の報道を見るたびに思うのだが、何故御盆の期間だけに集中してしまうのかである。一番は会社の夏休みが15日を軸に1週間程度になっているからだろう。しかし役所などに習って例えば8月中に1週間の休みを交代で取得する会社もある。それでも15日を中心に集中するのは、やはり御盆に「霊」が帰ってくる、という風習が強く残っているからだろう。

提灯の迎え火を玄関に掛けるのは、お墓から自宅までご先祖を導くもので、昔はみんなお墓までご先祖をお迎えに行ったそうである。田舎では御墓はそれ程遠くないから可能なのである。その御迎えに加わるために、混雑を承知の上で帰省しているのであろう。日本人は無宗教と言われることがあるが、これは宗教と同じである。

筆者には何時でも行ける実家ではあるが、今夏は帰っていない。暑かったからであるが、今は雨が続いているからである。昨日は壁面収納に飾ってある父の写真を拝んだ。写真立ての周りにはタイに出張した時の線香セット(小さいゾウと御線香)、台湾の小さな大理石の花器、そして下の棚には30年前に亡くなった有名俳優のお酒がある。

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崩れたままの墓石で先祖供養-熊本「盆の入り」 [エッセイ]

「盆の入り」の13日、熊本県内各地の墓地では、朝から多くの家族連れらが花を手向けた。
昨年4月の熊本地震で、墓石が倒壊するなどの被害を受けた熊本市中央区の小峯墓地では、今も崩れたままの墓石が残る。

地震で墓石が倒れたという同市北区の女性は昨年12月に復旧工事が終わり、今年は立て直された墓石に手を合わせることができた。女性は「先祖も喜んでくれていると思う」とほっとした表情で話した。

一方、益城町木山では、倒れたままの墓に花を手向ける人の姿があった。自宅が全壊し、今は熊本市東区の「みなし仮設」で暮らすという男性は「自宅の再建もこれからで、悩みは多いが、いつか墓も復旧したい」と語った。2017/08/14 産経

崩れたままの墓が残る小峯墓地.jpg

崩れたままの墓が残る小峯墓地で手を合わせる人たち(産経)

大地震では地動加速度が400gal以上になるので、アスペクト比が2.5以上の墓石は転倒してしまう。強震計の普及が進んでなかったころ、例えば関東大地震の時には墓石のアスペクト比と転倒の関係から、地動加速度を推定したのである。最近では強震計の設置数は飛躍的に増えている(1000箇所)ので墓石の状況は被害記録としてのみとなった。

写真のように未だ大震災後の爪痕が残る墓地でのお墓参りは一層の悲哀を感じさせる。記事のように復旧していない墓石の持ち主(永代供養)はいまだ前途の見通しが立っていないか、あるいは亡くなっているのかもしれない。お墓の修理はただ直すだけでは眠っているご先祖様に申し訳ないから、持ち主が行うべきなのは当然である。

筆者は長男ではないので未だ墓地は確保していない。どうせ最初に入るのは筆者だから何も急ぐことはないのである。あまり真剣に考えてはいないが、何もお墓に入らなくても、それこそ細かくした骨を山にでも撒いてもらっても良いと思っているのである。大地に骨を撒くのは自然に帰れるので、世界ではかなりの国で行われている。

しかし一般的にはお墓を建てるのが日本の常識である。慣習に従って建てるとすれば、筆者は塔状のお墓ではなく、直方体の簡単なお墓にしようと思っている。お墓参りに行って周りを見学すると直方体のお墓があって、「愛」「真理」「絆」などが書かれているのを見かける。筆者にはそのような趣味はないので、名字だけにするつもりである(まだ真剣ではない)。

ところで墓石の業界ではちゃんと耐震性について考えていた。下図のように「一体墓石」「連結墓石」である。又、土台とは引張り強度のあるシール材(SSG:Silicone Structural Glazing)で固定している。SSG工法は建築の外装で、窓枠の無いガラス面を構成するため開発された。

耐震一体墓工法.jpg

耐震一体墓工法(株式会社ぶつだんのもり)

耐震連結工法.jpg

耐震連結工法(株式会社ぶつだんのもり)

「石乃家」のHPに拠れば、上記の形状は和型墓石と呼ばれ、仏舎利塔(古代インドの「ストゥーパ」)に由来する供養塔や五輪塔を簡略化したもので、復縁(おめでたいこと)を意味しているそうである。復縁は離婚した二人が再婚すること、だと思っていたが仏教的に深い意味があるのであろうか。

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グーグルが2000万匹もの蚊を放出-ジカ熱などの根絶実験始まる [エッセイ]

米検索大手グーグルの関係会社が、カリフォルニア州中部にあるフレズノの市街地で7月中旬から車を使って大量の蚊を放ち続けている。計画では、冬までに2000万匹が放出される予定だ。特別な処理で“不妊”にした雄の蚊を利用し、生息している蚊を激減させるのがねらい。バイオテクノロジーを使い環境をコントロールする壮大な実験が始まった。

減らすターゲットとなっているのはジカウイルスの媒介で知られているネッタイシマカだ。日本では2016年のリオ五輪をきっかけに広く知られるようになったが、厚生労働省によるとジカウイルスに感染しても約8割は症状がなく、残りの2割は2~7日後に微熱や関節痛など比較的軽度のジカ熱を発症する。本人は深刻なことにはなりにくいが、妊婦が感染すると胎児に「小頭症」と呼ばれる先天性異常が起きる可能性が高まる。アフリカ原産とされるネッタイシマカだが、13年にカリフォルニア州のセントラルバレーで見つかり、その後、フレズノ郡で広がった。

放出しているのはボルバキアという病原菌に感染させられている雄だけだ。蚊の雄は刺さないのでヒトや動物に対しての直接的な害はない。ボルバキア菌は、宿主動物の生殖に関わる機能を制御して自らの繁栄に利用するいわゆる“利己的遺伝因子”をもっていることで知られている。ネッタイシマカの場合は、感染した雄と感染していない雌が生んだ卵では「細胞質不和合」という現象が生じて孵化しない。これも結果的に感染した雌が多くの感染した子孫を残し、ボルバキア自身が繁栄するという“企み”なのだが、実験ではこれを利用する。2017/8/12 産経

Debug Fresno.jpg

米カリフォルニア州フレズノで放出する蚊(ベリリー社のブログより)

ウイルスや原虫などの病原体を持った蚊が、ヒトを吸血することで感染する。感染する病原菌はウエストナイル熱、黄熱、ジカウイルス感染症(ジカ熱)、チクングニア熱、デング熱、日本脳炎、マラリアなどがある。

最近では2014年に東京の代々木公園で蚊に刺された人が、デング熱にかかる騒動が起きた。感染した人が移動し、又、蚊に刺されるとキャリアの蚊は更に広がってしまうから、事件は連日報道された。昨年のオリンピックが行われたリオでは、ジカ熱が猛威を奮って、有名プロゴルファーが辞退の理由にしたほどであった。

筆者の終の住処では猫の額ほどの小さな植木が3ケ所あって、高木(オリーブ、キンモクセイ)の足元含め、いずれも隙間なく草花が植えられている。従って蚊の成虫が生息する条件に合致して、春から秋深くまで庭作業をすると蚊が襲ってくるから、虫よけスプレーが欠かせない。

蚊は水溜りが無ければ産卵、幼虫、孵化は出来ない。従って少なくとも家では孵化が出来ないよう水溜まりは作らないようにしている。例えばプランターの皿など屋外に出しているが、必ず伏せておく。又、バケツも蓋をしておく。他の家も当然注意していると思うのだが、いったいどこで産卵しているのだろうか?

ウイルスや原虫などの病原体を持った蚊を駆除するのは当然であるが、キャリアではない蚊であっても刺されるとかぶれるし、何しろ痒い。庭仕事の際は虫よけスプレーをするが、蚊はスプレーをかけていない衣類にとまって家に中に入り込む。そうなると騒動となる。

生物多様性の上では蚊も何らかの「役目」はあると思うが、筆者には分からない。蚊は憎いだけである。キャリアではない蚊ならば、血を吸うだけなら許せるが、痒いのが腹立たしいのである。吸われる血の量はせいぜい2mm立方とすれば、0.2×0.2×0.2=0.008ccである。

ところで表記のグーグルの大規模な実験である。実験名は「Debug Fresno」である。デバッグを今検索で調べると、コンピュータプログラムの「間違い」を探すことである。直訳するとフレズノ郡の間違い探しとなってしまうが、「Debug」は元々害虫退治のことなのである。大学生の頃に買った研究社の英和辞典には「害虫退治」しか載ってない。

今や世界最大の時価総額のIT企業であるグーグルにとって、この様な社会貢献は当然なのだろう。尤も買収した子会社が利益を生む可能性は高いから、事業なのだろう。しかし「Debug」を使ったネーミングは面白い。

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「悩みぶちまけろ」と研修で暴言、新入社員の男性自殺-遺族らがゼリア新薬を提訴 [エッセイ]

製薬会社「ゼリア新薬工業」(東京都中央区)の新入社員の男性=当時(22)=が研修中に「悩みをぶちまけろ」と強く要求されたり、吃音を指摘されたりしたことなどから精神疾患を発症して自殺し、中央労働基準監督署(東京)が労災認定していたことが8日、分かった。男性の遺族は同日、同社などに対し約1億円の損害賠償請求訴訟を東京地裁に提起した。

遺族側弁護士によると、男性は平成25年3月、早稲田大を卒業し、同社に入社。同年4月から新入社員研修を受け始めた。研修では、同社から委託された講師が「何バカなことを考えているの」「いつまで天狗やっている」などと指導。男性は研修参加報告書に「吃音ばかりか、昔にいじめを受けていたことまで、一番知られたくなかった同期の人に知られてしまい、ショックでした」と書いていた。男性は5月、幻聴や妄想など異常行動が現れるようになり、研修施設から自宅に帰るまでの途中、東京都新宿区内で自殺した。2017/8/8 産経

自殺の発端となった研修は「意識行動変革研修」「自己否定研修」と呼ばれるもので、基本的な考え方は「自己啓発」であり、自ら問題意識を持って業務の改善や目標達成を行うものである。考え方は確かに正しいが、現実的には今回の様な犠牲者が出るのである。

思い返してみれば筆者の会社員人生において、幾つもの研修を受けてきた。新入社員研修についてはブログにしたが、その後3、5、8、20年(精確ではない)の社内研修を受講した。受講だけではなく、研修の講師もずっと行ってきたから、今回の事件を知り記事にすることにしたのである。

筆者にとって研修は基本的に嫌であった。寝食を共にする集団行動が嫌なので、それは社交性が無いからなのは分かっている。大勢の前でしゃべるのも苦手なのも一因であるが、しかし社内会議でのプレゼンや学会での発表など必要に迫られて行くうちに慣れてきた。

しかしどうしようもない研修は社外の講師によるものであった。初級管理者研修はR社の研修で、もう30年以上も前のことなので詳しく覚えていないが、今回の「悩みぶちまけろ研修」の様なものであったが、程度は多分違ったのだろう。又、入社してから8年も経っていたので、新入社員ではなく大分心も強くなっていたから、研修に「お付き合い」出来た。

社内の研修は技術の習得の為だから、ストレスは少なく、筆者のように寝食を共にするのが嫌な社員にとっては仕方がない。社有の研修所は講師用にはビジネスホテルのシングルであったが、研修生は2人部屋だった。8畳くらいだったと思うが、普段全く付き合いのない者と寝るのは嫌だったので、寝酒を使って寝たのである。なお夕食後は飲酒を許可されており、グループや講師と飲み明かした。

亡くなった新入社員の男性はどうもMR(medical representative:医療情報担当者)の様である。MRは以前「プロパー」と呼ばれており、自社の薬品を買ってもらうために医者への接待が問題となった。その為に「医療情報担当者」と名称を変え、且つ、実際に医薬品のプロになることになった。

従って新入社員の男性はMRとして「営業的センス」と「医薬品のプロ」の双方を短期間で習得しなければならなかったのだろう。特にゼリア新薬工業のように中小規模の医薬品メーカーにとっては今も「営業的センス」が優先しているのではないだろうか。なにしろ医薬品の信用度は大手に比べれば低いだろうから、その営業は、筆者の様な業種も違えば、又、技術者には想像できないくらいの厳しいものなのだろう。

早稲田大を現役で入学しているから、勉強の出来る優秀な若者であったのだろう。就職活動は激化していた頃だとはいえ、選んだ会社が悪かったように思える。ご冥福をお祈りする。

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広島原爆の日-人類史上初の原子爆弾投下 [エッセイ]

1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分に、広島市細工町29-2の島病院(現島外科内科)病院南西側の上空約600メートルで炸裂した。島病院は、産業奨励館の東側にあった。島病院は瞬時に破壊されたが、鉄筋コンクリート建築である産業奨励館は垂直方向の衝撃波を受けて天蓋部は鉄骨を残して消失、一部の外壁を残して大破したが完全な破壊は免れている。産業奨励館とは原爆ドームのことである。

本ブログは建築に関するものなので、政治的、文明史的な論評はしない(そもそも出来ない)ので、建築構造に関して記してみたい。「原爆ドーム」となって世界遺産になった産業奨励館は、何故かろうじてその外郭をとどめたのかである。

産業奨励館が他の建物と異なる点は
① 鉄筋コンクリート造
② ドームは鉄骨造
③ 原爆爆はほぼ上空でさく裂した為、爆風は鉛直に吹き下りてきた
ことが挙げられる。以上から

鉄筋コンクリート造は木造に比べて爆風に強いことは確かである。しかし爆風は音速をこえる早さ(440m/sと言われる)であり、風圧力(≒速度圧 N/m2)は凄まじい。

Q=0.6EV2 Q:速度圧、E:周辺環境からも止まる係数(≒1)V:風速度(440m/s)
=0.6×1×440×440
=116160 N/m2
=116 kN/m2
=11.6 ton/m2
となり、通常屋根の設計では0.1ton/m2程度なので如何に大きい風圧力であったかが分かる。

従って考えられるのは、屋根スラブとドームの屋根材は瞬時に破壊され、梁と柱及びドーム屋根の鉄骨骨組だけになり、風圧力を受ける面積が少なくなったのだろう。産業奨励館は窓が多い設計であったことも、吹き下りてきた爆風が外へ流れた要因に思える。

そしてドームに関しては、ドームの設計で難しいのは水平力に対してであるが、又、鉛直荷重については「偏荷重」をどう設定するかが難しい。例えば雪が偏って積もるとドームの骨組みに部分的な座屈が生じて、全体の架構が崩壊することがある。

逆に「等分布荷重」についてはドームの骨組みには全て「軸力」しか発生しない。つまり骨組みの持つ強さを最大限に発揮することになる。そして仕上げ材の屋根材は一瞬に破壊されたので、音速をこえる爆風に残ったのであろう。

産業奨励館が残ったのは以上のようにある程度の構造的な説明は出来るが、やはり奇跡だと思う。原子爆弾は人類が産んだ「悪魔」であるが、「原爆ドーム」は悪魔が残した爪痕なのである。

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国立大教員養成学部、統合・再編を-教員数を減少させる提案 [エッセイ]

国立の教員養成系大学・学部の改革を検討している文部科学省の有識者会議は1日、近隣の大学で教育学部を統合するなど、統合・再編を促す改革案を大筋で了承した。今後、少子化によって必要な教員数の減少が見込まれており、各大学に2021年度末までに見直しの計画策定を求める。同会議は今月中に改革案をとりまとめる予定だ。

文科省によると、国立の教員養成系単科大は東京学芸大や北海道教育大など11校、総合大学の教員養成系学部は広島大など33校にある。改革案では、各大学に対し、地域の小中学校教員などの採用見通しを踏まえ、入学定員の削減とともに、統合・再編の検討を進めるよう求めた。

具体的には、都道府県をまたいだ複数の教育大学や教育学部の統合のほか、公立大、私立大を含め複数の大学が共同でカリキュラムを組むことなどもあげた。2017/08/01 読売

少子化によって必要な教員数の減少.jpg

公立学校教員の必要数の推定(日経)

報道では今後も少子化が進んでいくから、必要教員数も減少が見込まれる。従って少なくとも文科省の所管である、国立の教員養成系大学・学部の縮小を考えたようである。私立大学からの教員志願者については、流石に文科省として指導するわけにはいかないのだろう。

教員の世界にも学閥がある.学閥と言うと東大を思い浮かべるけれど、教員の場合は昔の師範学校があった県では、今ではそれが国立大学教育学部となっている。教育学部の卒業性の多くは地元の教員となる。そしてそこには多くの先輩がいるのである。教頭や校長になるには推薦が必要である。つまり学閥が物を言うのである。

従って教員数を減らすには、国立の教員養成系大学・学部を減らすのは合理的である。ただし学閥現場では相当な反対運動がおこるのはまず間違いない。自らの「既得権」を守る反対運動はどう見ても「教育的」ではないから好ましくは無い。やはり正論で反対すべきである。

教員の時間外勤務が月100時間を超えている報道があったばかりである。現状の教員割合では足りていないのは明白である。いじめの問題も深刻であり、教員の質もあるだろうが、そもそも家庭で行うべき教育を学校に求める事が第一の原因なのだ。しかし昔の大家族と違って核家族となり、更には共稼ぎ世帯が増えていることから、先ずは教員数を増やすべきではないだろうか?

日本にあるのは人的資源と外貨350兆円(純資産世界一の金持ち)だけである。今後日本が永続的に発展していくためには、人的資源しかないのは明白なのである。文部科学省の有識者会議の人達はまずもってこのことを自覚しているのであろうか?財務省の言いなりになって予算削減ありきで結論を出してくれる「有識者」で構成されている、と思われても仕方がないのではないか?

ところで「有識者」であるが、勿論会議のテーマについて学識が深いか、多くの経験を持つ人々であろう。更には「見識」も必要なのである。「俯瞰的」に物事を考えられると同時に国際的常識(知恵)も必要だろう。文部科学省の有識者会議のメンバーを知りたい。

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玄米を食べるとなぜ肥満解消?-メカニズムを解明 [エッセイ]

琉球大学の研究グループは、玄米に高濃度に含まれる成分「γ(ガンマ)-オリザノール」が、 高脂肪食に対する好みをやわらげ、肥満や2型糖尿病を改善させる効果があることを突き止めたと発表した。

琉球大学の益崎教授(内分泌代謝・血液・膠原病内科学講座)らの研究グループは、玄米に高い濃度で含まれる「γ-オリザノール」という成分に、抗肥満、抗糖尿病効果があることをあきらかにした。研究成果は米国糖尿病学会誌「Diabetes」に発表された。

沖縄県のメタボリックシンドロームの人を対象に、玄米を食べるグループと白米を食べるグループとでどのような違いがあるかを調べた研究がある。玄米をよく食べるグループでは、体重の減量、血糖値の低下、血管年齢の改善などの効果のあるという結果になった。しかし、どのようなメカニズムでそうした結果になるのか、詳しくはわかっていなかった。

沖縄県では古くから玄米がよく食べられている。胚芽を取り除く前の玄米には、γ-オリザノールが多く含まれる。γ-オリザノールは、米や米胚芽に含まれている成分で、コレステロールの吸収を抑える作用があり、医薬品にも用いられている。

研究チームは、高脂肪食に対する嗜好性を評価するために、マウスに通常食と高脂肪食を同時に与え、自由に選択させた。マウスはヒトと同様に高脂肪食に対する嗜好性が強いという。次に、マウスに与える餌を玄米を含む餌と白米を含む餌とに分け、評価実験と同様に通常食と高脂肪食を同時に与える実験を行った。

その結果、玄米を含む餌を選択させたマウスは通常食を好んで食べ、体重増加が抑制された一方、白米を含む餌を選択させたマウスでは、このような変化はみられなかった。益崎教授らによると、玄米の糠に含まれるγ-オリザノールに、高脂肪食への嗜好性を柔らげる効果があるという。それにより、脂肪分の低い食事を選ぶようになり、結果的に血糖値が下がり、体重が減ると結論付けた。2012/07/27(一社)日本生活習慣病予防協会

家では15年以上玄米食である。白米はレトルトのものが数パック買ってあるが、これは玄米が残ってなかったとき等の緊急用である。玄米は普通のスーパーでは置いてないか、或いは2kgのもの(高い)しかなかったので、ネットで10kgのものを購入していた。しかし2年前くらいから近くの大きいスーパーでも5kgのものを置くようになったので、今ではそれを買っている。

玄米にしたのは健康志向であって、精米と違って糠の部分にたんぱく質など栄養素が多く含まれているから、脂の多い肉をたくさん食べる必要がなくなるのである。又、玄米は固いから何度も咀嚼する必要があるが、このことも唾液が多く出て消火が良くなり、食べる時間が余計にかかるので満腹感も出て、ダイエットになる。

ところで筆者には何故玄米の方が白米より単価が高いのか、その理由が今もってわからない。流通量が少ないせいだとは思うが、米屋では各種の玄米を置いてあって、客の注文が決まるとその場で精米する。精米した重さに対して単価をかけて値段になる。

だが玄米のまま買うとすると精米と同じ重さに対して同じ単価をかける。これはどう考えてもおかしい。白米は糠の分余計に精米しなければならないし、糠は売れればよいが、売れなければ処理費用が掛るし、売れても米の単価よりはるかに安いはずだ。

筆者は前のブログで日本の食糧問題の一つの解決策として、玄米について書いたことがある。TPPもそうであるが、米国との単独協定でも日本の農作物をどう守っていくか、切実な状況にある。車が売れなくなっては困るが、もし世界的な食糧危機になった時に、自給率が40%の日本は多くの餓死者が出る事になるのだ。その様な危機(現在の世界人口は74億人、2050年には97億人)に対して日本国民の最低限の栄養を確保するのが玄米だと筆者は考えている。

玄米は白米に比べて匂いとか、固い等で嫌われることがあるが、臭いについては慣れであり、固さについては3時間くらいかけて炊けば「ギャバ」と言う栄養素も増えるし柔らかくなる。筆者は玄米に慣れたら白米が頼りなく思えてしまった。白米は混ぜご飯くらいにしないと物足りなくなるのである。流石に御刺身、寿司には白米だと思っているが。

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日野原重明さん死去-延命治療拒否 [エッセイ]

「望ましい生き方と人生の終え方を提言した日野原先生が、それを実践した生を終えられた」。日野原重明さん(105)が名誉院長だった聖路加国際病院(せいるかこくさいびょういん)の福井次矢院長は18日午後、記者会見で感慨深げにそう語った。

福井院長によると、日野原氏は3月下旬に消化機能の衰えにより食べることが難しくなったが、体に管を入れて栄養を取る経管栄養や胃ろうなどの延命治療を「やらない」と拒否。数日後に退院し、自宅で福井院長らの診察を受けながら療養していた。17日夜、福井院長が訪ねた際に「つらいところはありませんか」と聞くと、顔を左右に振って応えた。18日朝は次男夫婦ら家族が見守る中、徐々に呼吸機能が低下していったという。

平成24年に理事長を退くまでの71年間、同病院で現役の医師を続けたほか、昨年まで末期がんの患者が多くいる緩和ケア病棟を訪ね、患者を励まし続けた。日野原氏と話すことで生きがいを感じる患者も多かったといい、病院には患者らから「献花をしたい」などの問い合わせが多く寄せられている。2017/7/18 産経

現役の医師を71年、その後は4年間の医師としてのボランティア、合計75年も社会的活動をされ、105歳の日野原先生はまさに天寿を全うしたのである。62歳で退職し年金生活となった筆者には想像できない人生である。

年配の方の活躍は、若い人たちに多くの励みや勇気を与えてくれる。日野原先生は著名であり、相当多くの人々に生きる力を与えたのであろう。勿論多くの著作を読んで感動した人も多いし、講演活動なども直接聴衆を魅了したであろう。

ところで生涯現役を続ける人には長寿の方が多い、というのは筆者の思いこみなのだろうか。例えば画家であるが、90歳以上現役のまま往生した人は多い。小倉遊亀(106歳)片岡球子(104歳)奥村土牛(102歳)などがすぐあげられよう。

日野原先生にとって「生きる目的」は「人の為になる事をする」ことであった。あたり前のようでありながら、実行するのは難しい。しかし考えてみれば「人の為になる事をする」からこそ、代価として給与等がもらえるのである。

即ち、在職中は誰もが「人の為になる事」をしているが、問題は退職後である。知的職業の場合、頭がしっかりしていれば、日野原先生や画家等は生涯現役が可能なのだが、普通の会社員は生涯現役は出来ない。筆者はささやかな学習ボランティアをしているが、お座なりになっていないか、自省したい。

日野原先生は「延命治療」を受け入れなかったのは「生きる目的」を失ったからなのだろう。死因は呼吸不全となっている。静かに息を引き取ったのである。見事な人生であった。

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広島旅行-厳島神社 [エッセイ]

昨夜の夕食は宿泊するホテルの近くのお好み焼き屋であった。ネットの評価は高い。豚肉、エビ、イカの入ったスペシャルで、ソバとうどんが選べたがソバにした。さすがに広島龍お好み焼きである。味付けが甘いが、甘ったるいほどではなくおいしかった。甘味が舌に残っていたのでさすがにデザートは食べなかった。

みっちゃん.jpg

お好み焼きスペシャル

今朝はホテルでバイキング。昼食を11時15分に予約していたので、6時半の開店一番に行った。年金生活が始まってからはホテルや旅館で夕食を食べるこことが無く、安い外食なので朝食が一番のご馳走で、いつも楽しみにしている。和食と洋食のおかずが並んでおり、少しづついろいろ食べられるのが嬉しい。

食後歩いて平和記念公園、原爆ドームを見に行った。筆者は何回も見ているが家内はまだだったので予定に入れていた。平和記念公園の記念碑の言葉は毎回違和感を覚える。日本語の長所でもあり短所でもある、主語が曖昧なのである。誰か英訳してもらいたい。

ホテルに戻りチェックアウトし、バスで広島駅に行き、JRで宮島口へ向かった。しかし事故が起きてダイヤが乱れ、特に電車の本数が足りずに運転間隔が長くなっていた。当初の予定より早く広島駅に着いたので慌てずに済んだ。発車してからは順調で45分で宮島口に着いた。快晴で暑い。予約したアナゴ料理の老舗はすぐわかったのだが、早く着きすぎたので御土産屋の中にあるスタンドでコーヒーを飲んで時間調整をした。

予約の11時15分に行くと座敷に案内され、上アナゴ御膳を注文した。アナゴ丼、アナゴの白焼き、アナゴの酢の物、香の物、赤だしである。家内はミニアナゴ御膳としたが、アナゴ丼が小ぶりなだけで他は同じである。ミニでも十分の様であった。

アナゴうえの他人家.jpg

上アナゴ御膳

宮島にはフェリーで10分ほどである。フェリーはJRと他にもう一つあるが、JRの方は航路が厳島神社に近寄るので乗った。有名な鳥居が見えたので写真に収める。フェリーは満員ではなかったが、かなりの乗客で海外からの観光客が多い。特に欧米からが多いように思えた。さすがに世界遺産である。厳島神社に向かう途中には多くの鹿がいて人懐っこく近づいてくる。しかしエサはやってはいけなく、鹿せんべいは売ってなかった。しかし暑い。松の日陰を選んで神社に歩いた。

厳島神社は映像ではよく見たが、やはり本物を見ないと本当のよさは分からない。海の中に建築してあるのだが、何故海の中なのか、確か大河ドラマで解説していたようだったが忘れた。大時化の時はさぞ大変である。しかし面白い発想である。よほどの権力者でなければできない事業だったのであろう。宮島には船でしか行けないから、現在でも建築は大変である。

フェリーで戻り、JRで広島まで帰って後はお土産選びだけとなった。家内の役割だから筆者の出番はない。新幹線の中で食べる夕食の弁当を選ぶだけである。9時に東京駅に着いた。家まで後一時間以上かかる。やれやれ。しかし天候に恵まれて感謝。

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広島旅行-呉の大和ミュージアム [エッセイ]

一泊二日での広島旅行である。いつものように旅行の内容は家内が「るるぶ」で決めて、筆者はネットで新幹線とホテルの安いパックを予約したのである。2週間くらい前に急に行くことを決めての旅行であった。予約したらすぐ新幹線の切符が着き、もはやキャンセルは違約金が発生する。別にキャンセルするつもりはなかったが、九州地方の豪雨が続き、その影響が広島に及んでくるのかが気になったのである。

今日は予報では広島は午前中が雨で午後は曇りであったが、11時30分に着いたら日が出てきて、さらにJRの乗り換えて呉に着いたら晴天となり、暑い一日となった。呉には大和ミュージアムを見ることと、海軍カレーを昼食に摂ることが目的である。最初に海軍カレーとなったが、ネットで調べたら評価が高いので決めたお店で、そこでは潜水艦カレーと命名されていた。最も人気なのは数量限定の「海自テッパンカレー」で、鯨カツと肉じゃがも付いたセットである。しかしちょうど売り切れとなってしまったので、潜水艦カレーにした。まずまずの味であったが、肉が入ってないのはなぜなのか?

潜水艦カレー.jpg

潜水艦カレー

次は近くの大和ミュージアムに入った。入ると長さ30mくらいの模型が展示されている。大和は子供の頃、1/1000くらいのの模型を作ったことがあるから、懐かしい気がした。筆者の年齢だと子供の頃は「もはや戦後ではない」と言われていたが、戦艦や戦車、戦闘機などのプラモデルは沢山あったのである。

常設展示とは別に、企画として昨年呉市が大和の海中撮影した記録が展示されていた。海底350mに沈んでいる大和を50時間の映像と7000枚の写真をもとに編集し、さらに3Dに解析して現状の大和が分かりやすく説明されている。さすがに72年の歳月を経ているため完全ではないにしろ、大和がどのような最後となったか分かってきたようだ。

常設の展示と合わせ感じたのは、やるせない思いである。当時の日本の造船技術、特に戦艦では世界水準であったことが理解できた。建造のための当時の最新技術は、戦後の経済復興の原動力となった技術力へと変貌したと解説されている。しかし巨額の国費と歳月をかけて作った大和、武蔵は全く戦果を挙げることなく海底に沈んで生涯を終えた事実はあまりに重い。

建築業と造船業とは関わりがある。例えば同じ「総合請負業」であり、協力会社も同じように多種多様である。又、技術的には「溶接技術」や「特殊鋼材」がある。前者は建築にも溶接資格があるが、これは造船業の規格を模倣したものである。又、後者は建築には「SM鋼材」があり、「SS鋼材」より溶接に適したものであるが、SMのMは海のことである。

戦後、日本の航空業界は解散されて、大学の航空学科の人たちは職を失い、多くは建設業に入ってきた。大崎博士もその一人である。一方造船業界は戦後、どのようになったのか、今回、大和のことを知って、ふと疑問が湧いたのであった。

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