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静岡県立中央図書館ひび割れ-数十カ所、最長3m [建物の構造]

静岡県立中央図書館(築48年)の資料棟で蔵書の過重によるとみられる複数のひび割れが見つかった問題で、県教委は3日の記者会見で、1階書庫の天井部に数十カ所に及ぶひび割れが確認され、最長3m、最大幅1.4mmとの状況を明らかにした。

県教委によると、図書館は2001年に補強工事を実施し、柱や梁(はり)は健全という。ただ、万全を期すために4日から3~4カ月間休館にし、2階閲覧室の蔵書を移動した上でカーぺットをはがし、床の詳しい状況を調べる。閲覧室の床は厚さ120~150mmで、1m2当たり300kgの荷重に耐えられる設計だが、倍近い560kgの荷重が掛かっている状態という。追加の対策が必要になった場合は休館がさらに伸びる可能性もある。河原崎全館長によると、図書館は利用者の多い土日や夏休みには1日900~1000人の利用がある。2017/7/4 静岡新聞

静岡県立中央図書館.jpg

1階天井で確認されたひび割れ(県教委提供)

鉄筋コンクリート造の床スラブのたわみについてはかなり以前より問題となっており、建築学会の鉄筋コンクリート構造設計基準では昭和60年の改正時に、床スラブの厚さを規定している。又、大梁の中に小梁が掛けられた床構造では、小梁の剛性が小さいと大梁に囲まれた範囲で「大たわみ」が生じる事から、この検討もするよう定められた。

記事の建物は改正規準の適用前の建物であり、それも用途が図書館で積載荷重が大きい事から、たわみが進行して、更にはスラブにひび割れが入ったのである。スラブ(コンクリート構造)がゆっくりとたわんでいく現象を「クリープ」と言う。鉄筋コンクリート構造はコンクリートが圧縮力を負担し、引張力は鉄筋が負担して「曲げモーメント」に抵抗する。鉄筋は経年的に(腐食は別として)変化しないが、コンクリートは微小に収縮する。これが「クリープ」である。コンクリートの成分には「水」と「空気」が入っているので、圧縮力が続くと「水」が抜け、空気が収縮することが原因である。

研究成果は簡単にいえば、スラブを厚くすること、小梁の剛性を高めることである。又、基本的には不要な圧縮側部分にも鉄筋を「用心」以上に入れる事である。スラブの場合、撓み量の制限は「スパン」の1/250であるが、クリープはおよそ16倍になるので、設計時には1/4000の確認が必要である。

ところで建築基準法施行令第85条では積載荷重が規定されているが、書架は800~1200kg/m2であり、記事中の1m2当たり300kgでは全然足らないし、現状が560kgと言うのは当然ともいえる。なおスラブはたわむと「逆アーチ」となり構造上は有利になるので、床が直ちに落ちる事は無いと考えられる。

昭和60年の改正に当たっては、スラブに荷重を架け続けた実験を10年以上にわたって行った研究者の成果が取り入れられた。地味な実験を10年以上も続けると言うのは、今の様な研究予算が削られている状況ではもうできないであろう。

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有難うございます

立体駐車場から車転落-設計指針は守られたのか? [建物の構造]

31日午後1時ごろ、神奈川県横須賀市小川町の立体駐車場「サイカヤパーキング」の5階から、ワンボックス車が転落したと119番通報があった。県警横須賀署によると、車に乗っていた3人が死亡し、2人が重傷を負った。

車は駐車位置から後進して高さ120cmのフェンスを突き破り、約13m下の道路に転落したとみられるという。他にけが人はいなかった。現場近くの精肉店で働く女性は「ドカーンという雷のような音がして外に出てみると、タイヤが上を向いていて、車が半分つぶれていた」と話した。現場は京急横須賀中央駅から約500m北の繁華街。2016/12/31日 朝日(写真も)

ワンボックスカーが15m転落.jpg

やや旧聞に属するが、大晦日に痛ましい事故が発生した。原因はブレーキとアクセルを踏み間違えた運転ミスと報道されていた。最近特に老齢者による運転ミスによおる事故が多発しているので、同じような事故として扱われた。

筆者には建築構造の立場からコメントしたい。建築物としての駐車場の場合、自動車の転落事故を想定して設計指針が定められているのである。国土交通省の設計指針では、

(1) 装置等の設置
自動車の衝突による衝撃力を処理することのできる装置等を駐車の用に供する部分の外
壁に面する側、車路に供する部分の屈曲部等誤操作による自動車の転落を有効に防止で
きる位置に設置すること。

(2) 装置等の構造の設計
装置等の構造の設計をするに当たっては、次の①に掲げる衝撃力等を用いて②又は③
に定めるところにより安全を確かめること。ただし、実験により装置等が衝撃力を充分
吸収できることが確かめられた場合においては、当該装置等を用いることができる。

① 装置等に作用する衝撃力等は、次に掲げる数値によること。
ア 衝撃力:250kN(25ton)
イ 衝突位置:床面からの高さ60cm
ウ 衝撃力の分布幅:自動車のバンパーの幅160cm
そして自動車による衝撃力は下図に示されている。
 ②③省略

自動車の衝撃力.jpg

要するに「車止め」だけでは駄目で、ネットフェンスではこの様な衝撃力を受け止められるはずはないのである。鉄骨で設計すると、2本のH175×175×7.5×11の柱が必要である。柱は片持ち梁であるが、固定するにも十分力が伝わるよう、詳細設計が必要である。横桟の設計も行う事になる。

ところで或るデパートに車で行った時に感心したことがあった。構造はSRC造(鉄骨鉄筋コンクリート)で、外周の梁が「逆梁」になっているのである。梁は通常床スラブの下に配置されるが、「逆梁」とは梁の下端でスラブを支える梁のことである。つまり梁形はスラブの上に出ているのである。

とあるデパートの駐車場.jpg

あるデパートの駐車場(Googleマップのストリートビュー)

「逆梁」は高層マンションでも使われていて、手摺代わりになる。そして室内から見ると梁形が無いから窓は天井まであって、解放感が得られる。件の駐車場はこの出っ張った梁が車の衝撃力を受け止めるのであった。合理的である。

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有難うございます

超高層ビルにおける隅柱-日本長期信用銀行ビルの行く末 [建物の構造]

前のブログ「超高層ビルにおける隅柱-隅柱を無くすのはデザインなのか?」を書いていて思い出したのが、ヤジロベエ(弥次郎兵衛)のような高層ビル、日本長期信用銀行ビルのことであった。延床面積:60,281 m2、地上22階地下5階、高さ130mで1993年に竣工した。竣工当時は大胆な構造デザインが話題となった。

新生銀行本店ビル.jpg

その後日本長期信用銀行はバブル時の債務返済が叶わず、新生銀行になり、2010年には銀行は移転し、東急不動産等に土地建物は売却された。そして2013年に解体され、新たに事務所ビルの建設となっていた。

1993年に竣工と言うのはバブルの時の建物(建設業はタイムラグがある)であり、デザインを競い合うような建物が多かった。その中でも日本長期信用銀行ビルはかなり際立っていたのである。建物の両側が約20mも跳ね出しており、不安感に対しては土木の橋の様な梁が下部と最上階にそのまま外装のデザインとなっていて安定感を感じさせる、という設計者の意図であろう。重力は建物の設計において最も「基本的な荷重」である。

しかし筆者には違和感があった。それは前にも書いたが、江戸東京博物館は屋根ではあるが40mもの片持ちとなっている。地震時の上下動だけでなく、建物の長手方向の水平力で建物本体の変形が、片持ちの先端では大きく変位することになり、なんと上下方向に最大2G(19.6m/sec2)が生じると予測されたのである。

もし人が立っていれば、仮に2Gが1秒間作用したとすれば天井に向かって19.2m飛びあがってしまう。又、江戸東京博物館は貴重な展示物が多く、中地震でも展示品が飛散してしまうのである。その為、床は電車に使われている空気ばねで支持されているのである。

筆者の違和感はまさにこのことで、もし大地震が起きたら、約20mも跳ね出している部分はどのようなことになるのだろうと。大地震ではなくとも、例えば東日本大地震時には東京でも震度Ⅴであったから、もし営業していたならばどのようであったろうか、まだ、解体されてはいなかったので、誰か知っているのではないだろうか?或いは地震計があったかもしれない。

又、低層階は高層階の60%程度の面積である。地震ははあらゆる方向に振動するから、この建物は平面的にも捩れ運動をするのではないか?特に東日本大地震は東京において長周期地震動であったから、片持ち先端に実際に人がいたらどのような恐怖を抱いたのだろう。

まだ23年しか経っていないこの建物は、機能的に現代にマッチしていない、とは思われない。取得した東急不動産等が解体し、新たなビルを建てる理由の一つには「レンタブル比」を上げることがあるかもしれないが、筆者には構造的な原因があったと思うのである。なお新しいビルは建築主との繋がりがあるのだろうが、設計者、施工者共に代わっている。

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雁行形の建物の耐震性 [建物の構造]

街を歩いているとたまに雁行している建物に出会うことがあり、主に集合住宅であるが、例えば解体された赤坂プリンスホテル(雁行でかつL形)や事務所ビルでも見かけることがある。敷地の形状とアプローチや空地、駐車場などの関係で雁行しているのであろう。

赤坂プリンスホテル.jpg

雁行している建物は、デザイン(意匠)的には外観に陰影がついて面白くなることはある。集合住宅でいえば、例えば板状の平面だと、表側は全く同じ窓や手すりが並び、反対の片廊下では手すりだけが見える単調な外観となる。だからデザイナーはベランダの手すりを格子やガラス、あるいは方立の色彩を変えてみるなど、少しでも「個性」を出そうとしている。

即ち建物の外観としては、種々の制約から仕方なく雁行している建物の方が良く見えることがあるのは面白い。筆者はデザイナーではないが、たまにデザイナーが建物の設計主旨で、「敷地形状を生かして」といった説明を目にすることがある。つまり「制約」があった方がデザインを決めやすい、という側面が設計行為にはあるのだろう。

何故雁行の建物について書こうとしたのは、筆者は構造屋だから雁行している建物には地震時の挙動が気になるのである。つまり「整形」では無い建物は地震に対しての検討で、X方向、Y方向に分けて評価すれば良いものではないのである。

先にあげた赤坂プリンスホテルは平面的にはL字である。鋼材でいえば「アングル」で、このアングルの断面性能は3種類ある。即ちX方向とY方向は同じで、他に45方向と135度方向である。この中で最も断面性能が小さいのは135度方向で、およそX(Y)方向の40%程度(断面二次モーメント)しかない。

赤坂プリンスホテルでは当時としては初めての3次元の時刻歴応答解析を行っている。当然予想された通り、135度方向が最も建物が変形することが検証されている。赤坂プリンスホテルは丹下健三の設計であるが、敷地は広く何もL字の建物にすることはないのだが、デザイン的な主旨での設計であった。しかしそれを実現するためには新たな解析手法を開発する必要があったのである。

3次元の時刻歴応答解析などは一般ではないから、通常の雁行建物ではやはりX方向、Y方向に分けて計算することになる。この場合雁行している「入隅」部の梁の支持条件が重要となる。「入隅」部に柱があれば特に問題はないだろうが、マンションでは「柱型」があると使い辛い。

そうなると直行する梁に支持させることになるが、この場合は「ピン支持」とすることになる。しかし鉄筋コンクリート造で完全な「ピン支持」のディテールは無理だろうから、直行する梁には「捩りモーメント」が生じることになる。常時荷重はともかく、大地震の時どのようなことになるのか、筆者には気になるのである。

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超高層ビルにおける隅柱-隅柱を無くすのはデザインなのか? [建物の構造]

最近、建物の四隅に柱が無い超高層ビルを見かけることがある。例えば次の写真「東京日本橋タワー」である。

日本橋タワー.jpg

地下4階、地上35階/高さ180mのこのビルオフィフ用貸しビルである。柱の垂直性を強調したデザインであり、又、外周の梁形も窓より出ているのは、遮光、つまり冷房時の省エネを考えてのことであろう。

デザインのことは置くとして、構造屋の筆者には「隅柱」が無い事に引っかかってしまうのである。「隅柱」は地震時や台風時におそらく柱の中で最も応力が発生する部材である。逆にいえば「最も重要な部材」とも言えるのである。

建物の構造計算は通常、平面的にX方向、Y方向各々別に基準で定められた「同じ地震力」に対して計算する。しかし地震は建物の方向に関係なく振動するから、隅柱には2方向の地震力が同時に作用することを検討する必要がある。

通常「同じ地震力」を45度方向に作用するものとしてベクトル分解し、X方向、Y方向各々の70.7%の「同じ地震力」が作用して得た応力を合算して、隅柱の部材算定を行うのである。すると「隅柱」の「隅部」は単純に「応力度」は1.414倍となる。
従って部材を大きくする必要がある。部材を大きくすると剛性が高くなり、応力が増えることになるので、注意が必要である。又、部材が鉄筋コンクリートの場合には、軸力変動も加味して2軸曲げモーメントやせん断力の照査が必要となる。つまり構造設計者にとっては「隅柱」は悩ましいと同時に「腕の見せ所」なのである。

しかし先の写真のように隅柱が無くなってしまうと、隅柱の問題はほとんど無くなってしまう。構造設計者にとっては厄介者がいないので、構造設計は明快となり、又、デザイナーにとっても、室内から見たら隅に柱が無いと視界を邪魔しないから眺めが良い。マンションであればリビングに最適の場所となって、宣伝文句に使えるのである。

ここで初めに戻って、構造屋の筆者に「隅柱」が無い事に引っかかってしまうのは、やはり建物の四隅には頑強な柱があった方が良いのと思うからなのだ。隅柱があれば接合している梁の剛性にもよるが、建物の外周が鳥かご状の「チューブ構造」になり、多くの超高層ビルで採用されているのである。

超高層ビルでは「地震荷重」より「風荷重」のほうがより大きな応力が生じることがある。その場合四隅の柱には大きな引き抜き力が生じる。これに抵抗するには、建物荷重全てを四隅で支える構造が最も合理的である。その代表例が「横浜ランドマークタワー」なのである。

横浜ランドマークタワー.jpg

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屋根裏収納部の設計 [建物の構造]

終の住処では住宅展示場にあった階段つきの屋根裏収納部屋を設けた。斜線制限から屋根を高くすることが出来なかったので、「棟木」がどの程度になるかを自分で計算して、部材を決めたのである。

屋根裏収納部の設計.jpg

屋根裏収納.jpg


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軍艦島は日本で最初の鉄筋コンクリート造の集合住宅の街 [建物の構造]

長崎市は4日、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の一つ、端島炭坑(通称・軍艦島、長崎市)について、建物24施設の設計図336枚の写しを入手したと発表した。市は島の建物の保存や補強を考えるうえで非常に役に立つ資料、としている。

端島(軍艦島)炭鉱は良質な強粘炭が採れ、隣接する高島炭鉱とともに、日本の近代化を支えてきた炭鉱の一つであった。石炭出炭量が最盛期を迎えた1941年(昭和16年)には約41万トンを出炭した。

1916年(大正5年)には日本で最初の鉄筋コンクリート造の集合住宅「30号棟」が建設された。端島の外観を、軍艦と見間違える、と報道され「軍艦島」の通称は大正時代ごろから用いられるようになった。

今回多数の図面が発見された報道を受け、筆者は10階建ての鉄筋コンクリート造があることを初めて知った。今後研究者によって当時の構造設計の概要(固定・積載荷重、震度、鉄筋・コンクリート強度)が明らかになるだろう。

最も発見されたのは図面であって、構造計算書ではないから、構造図があるとしたら逆算して求めることになる。今の耐震診断と同じ方法で、現在の建築基準法に照らしてどの程度かを推定できるのである。

日本における構造関係の基準は、1920年(大正9年)の市街地建築物法に始まる。しかし同施行規則において、構造設計法として許容応力度設計法により自重と積載荷重による鉛直力にたいする構造強度のみで、地震力に関する規定は設けられていない。

地震の規定が設けられたのは、1923年(大正12年)の関東大震災後、1924年(大正13年)に市街地建築物法施行規則改正が行われ、震度0.1(安全率3なので、今の0.2に相当)が定められたのである。

従って、軍艦島の「30号棟」が建てられた時は、設計に関しては、地震に対してはおろか、常時荷重に対しても法令は無かったのである。又、施工に関しても最も古い規準は1924年(大正13年)の建築学会標準仕様書で、コンクリートの調合で「水セメント比」は記載がない。コンクリートは現場で小さなミキサー(又は人力)で混練りされた。

長崎は地震が少ないと言われているが、1922年の島原地震(M6.9)、1946年の南海地震(M8.0)、1984年8月には島原半島西岸の千々石町付近で最大M5.7の群発地震、等が発生している。軍艦島の建物はどのように揺れたか不明だが、耐えたことは事実である。

基・規準がない時に、軍艦島ではいかなる考えで設計されたのか、大変興味深いのである。





















家具を固定するL形金物は、壁板の奥の柱(又は1/3柱)に取り付けましょう





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溶接技術 [建物の構造]

建設業にとって溶接技術は最も重要な基礎技術の一つである。鉄骨造に溶接工程の無いのものない。例え工事現場では溶接は無くとも、工場で作られる鉄骨は溶接によって組立てられている。

建築用鋼材の種類にSM材があるが、このMは「Marine」の意味で、船舶用に作られた鋼材のなごりである。溶接は船舶に最初使われており、その善し悪しは耐久性能に大きく関係し、初期の船舶で溶接の原因による事故が多く起こった。ドイツの潜水艦Uボートの溶接技術は当時世界最高だったという。

建設業に本格的に溶接が行われたのは関東大震災後の、復興した建物が最初と言われている。鉄筋コンクリートを撚り強固にするため、鉄骨鉄筋コンクリート造が出来たのも震災後であった。

当時鉄骨造と言えば「リベット」で接合して鉄骨を組み立てていたのだが、工場加工で溶接が使われた始めたのである。工場での溶接ならば風や気温(気温が5度以下だと施工欠陥が生じやすい)の問題は無いので、先ずは工場での溶接の取り入れとなった。

しかし現場施工では相変わらず「リベット」が鉄骨同士の接合に使われていた。リベットとは半球の頭を持つ鉄筋棒で、現場の炉で熱して灼熱させる。そのリベットを地上から、遥か頭上のリベット工にペンチで投げ、受けたリベット工は「ガセットプレート」の穴に通して、2人で両方から灼熱のリベットの片方を機械でタタキ、同じく半球状に加工して締め付けるのである。

筆者の時代にはもうリベットの現場はないが、「風速40m」の映画で見ている。職人技と言うか、サーカス芸のようであり、相当危険な作業である。1960年代からリベットは「高力ボルト」に置き換わり、リベット工はもういない。

日本で初めての超高層の「霞が関ビル」では極厚のH形鋼が開発されて、柱に使われたが、柱の接合は溶接ではなく、ガセットプレートを使う高力ボルトであった。又、柱と梁の接合にはT形の鋼材をがセットプレートとして用いた、スプリットT接合で、これも高力ボルト接合なのである。

現場での溶接接合は既に普及し始めていたが、初めての超高層ビルで、高いところでは風も強く、品質確保が難しいと判断したのであろう。

超高層ビルとして最初に溶接構造が採用されたのは、新宿三井ビルである。超高層ビルの柱は極厚のH形鋼だけではなく、ボックス柱の方が強度・剛性の方向性がないため設計されたのである。そのためには溶接技術の進歩が不可欠であった。「ガスシールド狭開先溶接」である。

狭開先とは、それまでの溶接は「レ形溶接」と言って、溶接する片方を斜めに削る形状であったが、厚い鋼材では溶接量が多くなりすぎるため、溶接時間が掛ることと、品質上も溶接部の熱影響が残留する問題があった。溶接すると鋼材の性質が変わることから、熱影響は出来るだけ低減する必要があったのである。

狭開先溶接は完成されていたわけではなく、問題が確認される度に新たな技術が開発されて、より信頼性の高いものとなっている。












家具を固定するL形金物は、壁板の奥の柱(1/3柱)に取り付けましょう




時刻歴応答解析 [建物の構造]

時刻歴応答解析とは一般の人には耳慣れない言葉であるが、主に高層建築物等に用いられている構造計算方法のことである。建築物を質量・ばね・減衰でモデル化した上で、地表面に時間とともに変化する地動加速度(地震動)を与え、建築物の各階の応答加速度、速度、変位を計算し、安全性を確認するである。

時刻歴応答解析は霞が関ビルの設計で武藤清らによって開発され、地震国日本で初めて超高層ビルが実現した。超高層ビルは固有周期(ビルの頂部に力を加えて変形させ、離すと揺れる。その時の周期)が長いので、地盤面が短い周期で揺れても上部は慣性力であまり動かない。つまり地震力が伝わらないので安全である、という結論である。

この方法はコンピューターの能力が大きくなって初めて計算が可能となった。霞が関ビルの解析で使われたコンピューターは今や個人のパソコンに及ばないものであった。時刻歴応答解析のソフトは沢山開発されて、審査を受けて販売されている。従って個人で計算できるようになっている。

難解な計算も計算ソフトでデータをインプットされれば中身が分からないまま、計算結果が出てくるのである。しかし現実には超高層ビルの計算は少なくとも構造設計一級建築士でなければならず、さらに指定審査機関の評価を受けなければならない。

それでは時刻歴応答解析で計算すれば安全な超高層ビルになるのか、と問えば絶対ではない。現に東日本大震災では遠隔の超高層ビルが大きく揺れ、今後東海地震などの海洋型巨大地震が発生したら頂部がさらに大きく揺れ(片側2.5m)たり、揺れの加速度が大きく建物の中の人や家具が放り出される、危険な超高層ビルが多数あると言われている。

何故このようなことになるかと言えば、先ず、時刻歴応答解析に用いられる地震波が僅か3つだけなのである。どのような最大加速度、速度(加速度より重要な要素)、変位、周波数特性、継続時間など、地震波は千差万別なのだが、考えられるすべての地震波を計算するわけには行かない。時間とコストが掛かるからである。致命的なのは長周期地震動の影響については、1990年代になって認識されたことである。

次に今や超高層ビルは地下を深く掘って強固な地盤に直接支持させる直接基礎は少なくなって、杭基礎が多い。すると基礎杭自体の地震時の挙動が問題になってくるが、固くない地盤の強震動での性質はよく分かっていない。だからインプットデータはかなり幅のある数値になって、これでは計算精度は著しく悪くなってしまう。

建物のモデル化についてはかなり研究が進んであり、部材が弾性から塑性に変化していく過程をモデルできる。しかしそれでもまだ、減衰定数については建物ごとに正確に特定するレベルにはなっていない(制震構造では制震装置の効果が大きくなるが)。

このように見てくると時刻歴応答解析もまだまだ問題があることが分かる。しかし何といっても地震力の大きさをどう設定するかが一番の課題である。現在は200~500年に一度の地震を想定しているが、アメリカ西海岸では2500年に一度の地震も考えられているという。

研究者のテーマになりやすい計算技術(研究費は余りかからない)を高めることは必要である。しかしインプットデータ、地震力(構造コストに大きく影響する)を決めるには構造設計者による建築主へのインフォームドコンセントも必要だが、地震国に住む日本人の考えを啓蒙することが最も大事なのである。












家具を固定するL形金物は、壁板の奥の柱(1/3柱)に取り付けましょう




建物の構造-制震構造-4 [建物の構造]

今回の熊本地震では避難所に指定された建物で、損傷が大きく余震に対して危険なために使えないものが多く生じてしまった。それらは新耐震設計の基準による「耐震補強」されて建物であった。耐震補強のグレードはどのようであったか、検証が必要である。

建築基準法では建物の「重要度」という考えはないが(法は最低基準である)、耐震補強についての政令では用途係数として、基準法の1.0、1.25、1.5倍の地震を想定して行うのである。避難所が大きな損傷を受けては目的に合致していないのは明白である。

避難所は1.25倍のグレードなのだが、九州は全国に比べ過去の震災が少なく、地域係数として0.9倍の低減をしてよいことになっている。今回の地震は震度7の激震であり、もし地域係数で低減していれば、使えなくなる状態になってしまうのは考えられ、九州も含めて、今後の検討課題であろう。

「耐震補強」が必要な建物に対して、「制震構造」の考え方をもってすることも当然有効な対策である。

超高層ビルは固有周期が長いので、建設当初は固い地盤に直に支持させる直接基礎とし、軟らかい地盤で杭基礎は避けていた。これは軟らかい地盤は、下部の固い地盤に伝わった地震動が増幅されること、および増幅された地震動には長周期成分が多くなり、共振が起こると考えているからである。

しかし現在では、沿岸部の軟らかい地盤で杭基礎の超高層ビルが多く建てられている。地震時の地盤の挙動や、地盤と建物との連動について解析する技術が進んだからである。ただし解析技術がいくら進んでも、地盤定数をどのように設定(仮定)するかで結果は大きく異なる。

東日本大震災では超高層ビルが大きく揺れて、今後発生が予測される、東海。東南海、南海地震ではさらに大きく揺れると考えられている。その対策として、制震構造が有効とされており、オイルダンパーや金属系ダンパーの取り付けや、新宿三井ビルでは屋上に「アクティブマスダンパー:AMD」が取り付けられた。

首都の最も震災時に機能すべき都庁も制震補強(オイルダンパー)が行われている。現状でも倒壊することはないとされているが、振幅が2m以上となっては内部の機器は窓から飛び出すかもしれず、エレベーターは修理では済まない可能性は否定できないのである。

























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