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被災建築物応急危険度判定士-大地震への対応 [大地震対策]

昨日25日の午後、申し込んでいた被災建築物応急危険度判定士講習を受けてきた。講習を受ける気になったのは昨年の熊本地震や、今後発生する確率が高い首都圏大地震に対して、自分が何か出来るのではないかと考えたからである。講習が無料なことも動機の一つである。

被災建築物応急危険度判定士とは大地震の際に被災した建物をいち早く調査して、2次災害(余震による倒壊や、外壁の落下等による被害)を防ぐためである。「緊急」かつ「暫定」の結論であり、例えば「罹災証明」の為の調査とは異なる。

講習会に参加するには一級、二級建築士、木造建築士および建築行政に関わる人で、建築構造等の知識がある必要がある。今回は60名くらいだったが、若い人が多く、おそらく建築行政の人のように思えた。講習内容は制度の概要、調査方法(木造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造)及び調査活動の実際である。合計2時間半で、2時に始まり4時半には修了証と登録証を受け取った。

筆者としては何か技術的な新しい知識を期待したのだが、ほとんど皆無であった。そもそも講習で使用した被災建築物応急危険度判定マニュアルは1998年版なのである。又、講師も学識経験者でもなく、実際に被災地に行って調査したこともなさそうな解説だったので、いささか落胆した。

昨年の熊本地震では「本震」と思われた震度7の地震が実は「前震」で、2日後に再び震度7の本震が発生し、多くの犠牲者が出たのである。前震のときに危険度判定をしたかどうかは知らないが、もし「危険なし」や「要注意」と判定していて、本震でその建物が倒壊したらどうなるのか気になっていた。

しかしその様な話は出る事は無く、又講習の最後に質問時間は無かったので聴くことは出来ない。尤も質問してもおそらく答えられないとも思える。どうも講習の目的は、出来るだけ判定士にして登録してもらいたいようだ。何しろ大地震時にボランティアで参加してくれるのはかなり少ないと思われるからである。熊本地震では述べ6819人が参加し、行政5254人、民間1565人である。

無料で講習を受けておいて批判ばかりで恐縮であるが、少なくとも筆者は講習修了の際に承諾書を出して登録したし、判定士なるものがどの様なものか分かったのは意味があったと考えている。尤も筆者の年齢では、はたして活躍の時が来るのか分からない。来ない方(大地震が起きない)が良いのだが。

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南海トラフ東側大地震で西側住民避難促す-中央防災会議の中間報告 [大地震対策]

南海トラフで懸念される大地震での新たな防災対策を検討している政府の中央防災会議作業部会は3日、地震発生の可能性に応じて住民避難を含めてレベル別に分けて対応を促すとの方向性を示した。東海地震の予知を前提とした大規模地震対策特別措置法による防災態勢の見直しも確認。今後、各地の被害想定域に当たる自治体での検討を経て、年度内をめどに報告書をまとめる。

作業部会は「確度の高い地震予知は困難」との認識を共有した上、対応が必要な事例として4ケースを想定。ケース1は東海沖から九州沖まで延びる南海トラフの東側だけで地震の規模を示すマグニチュード8~9級の大規模地震が発生。この場合、西側でも連動した巨大地震が起きる確率を「3日以内に10%程度、1週間以内に2%程度」と試算し、津波到達5分以内の住民に3日間程度の避難を促す。

一方、南海トラフ沿いで巨大地震に至らないM7級の地震が発生するケース2の場合、いずれかの震源域で巨大地震が発生する確率を「1週間以内に2%」とみて、避難に時間がかかる高齢者ら要援護者に1週間程度の避難を呼びかける。地震が発生しないまま推移した場合は段階的に警戒レベルを下げることになる。2017.7.3 22:59 産経

東海・東南海・南海地震の震源域(wiki).jpg

東海・東南海・南海地震の震源域(wiki)

東海・東南海・南海地震とは、東海地震と東南海地震、南海地震が同時発生するという、南海トラフにおける連動型巨大地震のことである。実際に過去に起きた連動地震としては

1707年10月28日(宝永4年10月4日) 宝永地震(東海 東南海 南海連動) M8.6
1854年12月23日(嘉永7年11月4日) 安政東海地震(東海 東南海連動) M8.4
1854年12月24日(嘉永7年11月5日) 安政南海地震(南海地震) M8.4
1944年(昭和19年)12月7日 昭和東南海地震(東南海地震) M7.9
1946年(昭和21年)12月21日 昭和南海地震(南海地震) M8.0

となっている。

この中で注目されるのが1854/12/23、24と続いた安政東海地震、安政南海地震と、1944/12/7、1946/12/21と起こった昭和東南海地震、昭和南海地震である。つまり南海トラフは続いており、その一部に滑りが発生すると残りの部分でも時間を置かず、引き続き地震が発生することが推察されるのである。この記事での中央防災会議作業部会でもおそらく、上記の2事例を念頭に中間報告をしたものと思われる。

同作業部会では「大規模地震対策特別措置法」の基本である「地震予知」について、「確度の高い地震予知は困難」としたのも注目される。「地震予知」が出来ないことは、阪神大震災、東日本大津波大震災、熊本地震を全く予知できなかったことから言われたことである。

防災対策としてはソフト、ハード両面での備えが必要である。中央防災会議作業部会の中間報告はソフト面での提言である。それは勿論有意義なのであるが、一方、ハードな面はどうであろう。「国土強靭化」と政治目標はあるが、その進捗状況は決して満足するものではあるまい。

筆者は新築の建物が倒壊し、人命が失われる可能性は低くなったと思っているが、古い木造家屋では1階に居た場合には阪神震災のように、倒壊した場合圧死する可能性は高い。又、昼間の地震であれば木造家屋の火災発生は避けられず、消防車は道路状況からおそらく行くことが出来ず、火災での被害は避けられない地域がある。関東大震災の教訓は未だ活かされていないのである。

更に道路の寸断は、救助やその後の避難者への援助活動に大きな障害となることが考えられる。日本経済活動は完全に停止するだろう。目に見えるくらいの速度で「国土強靭化」を進めなければならないと思う所以である。

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陸前高田市庁舎、浸水域をかさ上げし再建へ-技術の出番である [大地震対策]

東日本大震災の津波で被災し、高台の仮庁舎で業務を行っている岩手県陸前高田市役所が、浸水した市中心部の小学校跡地をかさ上げして再建されることが9日、決まった。

同市役所は津波で全壊した市や町の庁舎で唯一、再建場所が未定だった。海岸から約1.5kmにあった旧庁舎は津波で全壊し、職員111人が犠牲になった。市は今年3月、1階部分が浸水した市立高田小跡地をかさ上げした上での再建案を議会に提案したが、仮庁舎がある高台での再建を主張する議員らが反対し否決された。

このため、市はかさ上げを海抜17mまで引き上げ、新庁舎は4階建てから7階建て(高さ29.9m)に変更。さらに電源設備を屋上に設置する計画を再提案していた。2017/06/10 読売(写真も)

陸前高田市庁舎、浸水域をかさ上げし再建へ.jpg

陸前高田市役所新庁舎の完成イメージ図

陸前高田市の犠牲者数は、人口 24,246 人に対し 1,757 人、津波による被災世帯数は、全 8,069 世帯のうち 4,063 世帯であった。大変な被害である。その高田市の中心である市庁舎の再建がようやく決定したのである。仮庁舎のある高台ではなく、標高TP+12~15mの市立高田小跡地である。

決定までの経緯は知らないが、さぞかし白熱した議論があったのであろう。おそらく高台への再建の主張は、今後も予想される大津波の遡上高さ以上の場所であるべき、と言う事である。市役所は住民の様々な情報を保管しており、津波でそれらのデ-タが失われてはならない。又、被災後の救護活動、さらには復興の為の本部としての機能、日常業務の継続性等、リスクマネジメントからは当然の理屈である。

一方、市立高田小跡地は2011年には校庭や1階が浸水した場所である。何年先になるか分からないが、今後も大津波による浸水の可能性がある場所である。ここに決定したのは、おそらく住民にとってアクセスが高台より良いのであろう。又、市庁舎だけ高台に「逃げる」のは申し訳ないと考えたのかもしれない。この様な決断がなされたからには、大地震、大津波に対して建築、土木的な対策が必要となる。技術の出番なのである。

大地震に対しては「免震構造」ではないようだから、「用途係数」を1.5以上にして建物の耐震性を確保していると思われる。又、記事にある「電源設備を屋上に設置」することは重要である。電源設備とは「変電設備」のみならず、「自家発電設備」もあるはずである。そして自家発電設備の為の燃料タンクも当然設置される。

又、校庭は標高TP+12~15mと高低があるようで、改築に当たっては一律TP+17mにするそうである。勿論望ましい事である。嵩上げするには「擁壁」一般的であるが、完成パースを見ると「擁壁」も一部あるが、大部分は斜面として、おそらく低木の植栽がなされるのであろう。周辺環境を意識したのである。

盛り土の斜面は大雨の時に崩壊し易いから、十分な安全率を持った設計(法面角度と排水計画など)と、慎重な施工(埋め戻し土の選定又は改良土の使用や30cmごとの転圧など)が必要である。

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災害時の物資拠点半数が床の強度不足や電源無し-混乱の時に頼れる災害拠点ではないか [大地震対策]

災害時に避難所や市町村に支援物資を振り分けるため、都道府県が設置する予定にしている「広域物資輸送拠点」の半分にあたる64か所で、床の強度が不足していたり非常用電源がなかったりして、機能しない恐れがあることが、16日に閣議決定された防災白書で示された。

調査は昨年10月、各都道府県の輸送拠点128か所を対象に内閣府が実施。〈1〉フォークリフトの重みに耐える床の強度〈2〉非常用電源の配備――など、国の中央防災会議が決めた施設基準を満たしているのかを調べた。

内訳では、このうち半分の64か所で基準を満たさず、南海トラフ巨大地震で大きな被害が想定される東海、近畿、四国、九州の10県でも、22か所(47%)で基準を満たしていなかった。床に鉄板を敷いたり、非常用電源を他から持ち込んだりして対応するという。2017/06/16 読売

首都圏直下、東海・東南海・南海地震の発生確率が高まっている中、新たな不安が判明した。「広域物資輸送拠点」がどこにあるのか筆者は寡聞にして知らないが、県ごとに設置、もしくは機能を有する建物があるのだろう。

しかしこの記事によれば、いざ巨大地震が発生した時多くの人が、住むところもその日の食料、寝具も失くしていることだろう。広報では少なくとも3日分の水や食料の備蓄を警鐘しているが、広域的な大地震ではとても3日で全ての避難者へ食料などを配給は出来ない。そのような事態にならないよう、「広域物資輸送拠点」があるのだろう。

記事ではフォークリフト荷重と非常用電源などについて問題視しているが、確かに「広域物資輸送拠点」であればその通りである。フォークリフトについては「豊洲市場」でも床の強度が問題視されたが、物資等の積載荷重(780kg/m2以上)に加えて、フォークリフトの動荷重が加わるから十分な検証な必要である。結論からいえば、建物用途としては「重量物用倉庫」として設計されなければならない。

非常用電源については、これも巨大地震の際には停電になることは間違いないであろう。電力会社の方で断線による火災を防ぐために電源を遮断するからである。或いは原発のように自動で停止する。従って自家発電が必要なのであり、例えば六本木ヒルズは自家用だけでなく、他の建物までも供給可能な発電能力があるそうだ。

「広域物資輸送拠点」に必要な機能は他にも考えられる。通信設備としては衛星中継を使える設備が必要である。電話回線やネットケーブル、携帯電話の為の中継基地なども巨大地震ではおそらく使えないからである。又、非常用の水や食料、毛布に加え、医療薬品も備蓄が必要である。筆者は阪神大震災の直ぐ後に視察した際、ヘリコプターで医薬品を運ぶのを見ている。

大地震に備えるべきことは全て行うのが重要で、それでも実際起きた時には「何か足りない」ことや「使えない」ことはあるのだろう。その時には皆で「知恵」を出すしかない。周りを見渡せば、様々な技術、技能を持った人たちが暮らしているのである。

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静岡県沼津市のコンビニに「ノアの箱舟」-津波に備え救命艇 [大地震対策]

コンビニエンスストア最大手のセブン-イレブン・ジャパンは22日、南海トラフ巨大地震で甚大な津波被害が予想される静岡県沼津市内浦の店舗に、大津波が襲う前に高齢者や幼児らが逃げ込んで身を守る「津波救命艇」を設置した。コンビニへの配備は全国で3軒目。県下では初となる。

救命艇は信貴造船所(堺市)製造のを配備。オレンジ色のドーム形の船体は25人まで乗船可能で、エンジンはなく通信機で位置を知らせ、漂流して救助を待つ。

1週間分の食料や水、簡易トイレも積載。艇体は正面衝突で時速36km、側面衝突で時速18kmまで耐えられる構造になっている。

救命艇が配置された伊豆三津シーパラダイス前店は海岸に面しており、大地震発生後約10分で8m級の津波が到達すると想定されている。同店オーナーは「避難行動は住民に浸透しているが、観光客は知らない。救命艇があることで観光客にも安心してもらえる」と期待を寄せた。2017/5/23 産経

コンビニに“ノアの箱舟”1.jpg
コンビニに“ノアの箱舟”2.jpg
コンビニ駐車場に設置された救命艇は25人まで乗船可能(産経)

コンビニに救命ボートを設置するとは、なかなかのアイデアである。コンビニが災害時に水や食料品を提供することは既に行われていたが、津波に対しての備えまで行うとは感心した。屋外に設置されるだろうから、観光客に津波の発生に注意喚起する意味で効果があるだろう。

実用性についても衝突時の安全性が報道されているが、確認の為ネットで「ライフシーダー」で検索してみたら国土交通省海事局で「津波救命艇ガイドライン」が策定されていることが分かった。ガイドラインには衝突時の

(ア) 強度設計と許容加速度発生する加速度
(イ) 不沈性及び復原性
(ウ) 漂流時の姿勢保持
(エ) 居住性
(オ) 避難者保護措置等
(カ) 固定装置及び装備品
(キ) 通信設備
(ク) 本体の色、表示項目
(ケ) 設置架台等

等が規定されている。報道では上記の(ア)の衝突時の速度が紹介されていたが、その時の加速度も規定され、例えば「鞭打ち症」などが起こらないような「加速度」についても規定されている。

筆者には上記の(ク)本体の色、表示項目についての規定が、如何にも救命ボートに必要な項目であることに感心する。因みにその規定は

「本体・緩衝材の色は、原則として高台や上空からの識別に有効である国際規格のオレンジ色(インターナショナルオレンジ)とする。設置場所の景観等によりこの基準により難い場合は、可能な限り視認性の高い色とすること。」

である。

ところでうろ覚えだった「ノアの箱舟」もWikipediaで調べたら、方舟に乗れたのはノアとその家族と家畜、動物だけである。筆者はもっと多くの人々が救われたと思っていたが、神のお告げを受けたノアだけだったのである。しかしノアの家族はその後繁栄し、全ての人類の祖先となった。

「ノアの箱舟」の神話は自然界、宗教、哲学、生物学、共生等中々奥深い考えがありそうに思えた。報道記事を書いた記者は、どの様な思いを込めてタイトルに「ノアの箱舟」としたのだろうか?

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熊本城天守閣の工事を公開-今しか見ることができない光景 [大地震対策]

熊本市は19日、熊本地震で大きな被害を受けた熊本城の復旧工事を報道陣に公開した。市が復興のシンボルとして復旧を急ぐ天守閣はシートで覆われ、足場が組まれるなど解体に向けた作業が進んでいた。

平成31年中に元の姿に戻す予定で、復旧の過程を市民や観光客に見てもらおうと落下物防止用のシートは透明性が高いものを使った。市の担当者は「今しか見ることができない光景を見に来てほしい」としている。

市によると、天守閣で解体するのは、高さ約30mの大天守(地上6階、地下1階)の最上部のほか、出口部分の付櫓と小天守1階の一部。市は49年ごろまでに城全体の復旧を目指している。2017/5/19 産経(写真も)

熊本城天守閣の工事を公開.jpg

シートで覆われ解体に向けた作業が進む熊本城天守閣の大天守

熊本城は加藤清正が平野部に建てた名城である。建てたと言っても、元々あった城を天守閣等増築して、現在の威容を示す重要文化財である。

破風板は白いが全体的には黒が基調であり、戦国時代の城である。黒を基調にすると傍目には小さく見え、攻撃する敵軍を油断させる、ともいわれるし、又、質素倹約を督励していた加藤清正の性格にも叶うものである。

しかし熊本地震に2度襲われた後も、なんとか石垣はその角隅を僅かに残して倒壊を免れたのは、人知の及ばぬ神の御加護があったとしか思えない。白鷺城も近代戦争での空襲から守られたのと同じく、この様な名城には「なにか」があるのである。

修復を担当しているのは竹中工務店であるが、本城を鋼材で支える工法はなかなかの方法である。なかなかの方法といった意味は、「アンダーピニング」としてはありふれたものであるが、規模といい、鋼材を差し込む作業には相当な危険性があったはずで、やり通した作業員の「勇気」「情熱」を感じるからである。

現在石垣の石は一つ一つ外されているが、各々位置を記録されて、又、再度同じように組み立てられる。歴史的文化財は可能な限り「元通り」に修復されなければならない。現在では石が積んであった位置は3Dデータで保存される。

天守閣は解体されるようだが、柱、梁など出来る限り元のものを使いたいところであるが、どうもひび割れたり「仕口」が破損したりと、殆どが使えないようだ。おそらく「欅」「樫」「檜葉」「赤松」等が使われているのだろうが、適当な大きな木材を入手するのは時間が掛ることであろう。何しろ海外産を使う訳にはいかない。

熊本城は熊本県のシンボルであり、県民の誇りである。熊本城の修復には時間が掛るが、完了時には熊本も復興してほしい。

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熊本地震で被災の全壊判定の空き家2軒、突然倒壊 [大地震対策]

熊本市中央区本山1丁目で11日午後1時15分ごろ、付近の住民から「空き家が壊れ始めている」と110番通報があった。熊本県警熊本南署員や市職員が駆けつけたところ、昨年4月の熊本地震で「全壊」と判定された2軒の木造2階建て住宅が倒壊し、そのうち1軒が市道を塞いでいた。けが人はなかった。市は付近を通行止めにして撤去作業をした。

市によると、倒壊したのはいずれも個人が所有する貸家で、熊本地震前から空き家だった。全壊と判定され、昨年11~12月にそれぞれ公費による解体の申請が出されていた。市は昨年の地震の影響で傾き、この日倒壊に至ったとみている。

同市では、公費解体が認められる全半壊の住宅が1万7千棟以上に上り、申請から着手まで長く順番待ちとなるケースが多い。道を塞いだ住宅は今秋ごろに順番が回る見込みだったが、市は倒壊の危険が高いとして着手を早め、隣家とあわせて今月中にも解体する手続きを進めていたという。

塞がれた道路は幅3mで、住民が日常的に行き来していた。倒壊した住宅の向かいの住民は「犬の散歩から帰って来た直後にドーンという音がした」「倒れるのも時間の問題だと思って毎日どきどきしていた。近所の人が市役所に何回も連絡していたのに」と話した。

県内では、熊本地震の前震が発生した昨年4月14日夜以降、震度1以上の地震が4317回発生(11日午後7時現在)、このうち震度3以上は今月7日を含め計553回に上る。11日は家屋倒壊までに地震の発生はなかった。2017/5/12日 朝日(写真も)

全壊判定の空き家2軒、突然倒壊 熊本地震で被災.jpg

家屋が倒壊した直後の様子、熊本市中央区

発生から1年経過した熊本地震であるが、傷跡は今も多く残っている。近くの住民は毎日危険を感じていたそうで、これはなんとかならなかったのだろうか?「全壊」の判定を受けていたのに解体されていなかったのは何故であるのか。

報道には公費解体の申請待ちが多く、当該家屋もようやく解体されるはずであった。突然の倒壊ではあったが被害者は無く、不幸中の幸いであった。一般住民でさえ危険と感じるほどの状態であったのであろう。

今回の報道で思うのは、何故もっと早く措置出来なかったのか、という素朴な疑問である。首相が被災地入りして発言するのは決まって「政府一丸となって復旧・復興に全力を傾注する」と言うものである。日本の全力を挙げて1年も経った今も、何時倒れるやもしれない家屋があるのは真に情けない事である。

この様に遅れているには、それなりの理由があるのであろう。公的負担の承認、被災度判定や申請審査、そして解体業者の絶対数の不足、道路が狭い等々。しかし言い訳はいくらでも挙げられようが、これが日本の現実の実力だとしたら、もし今後発生の確度が高まっている首都圏への大地震が起きた場合、日本はどうなるのであろうか?

東日本大震災について復興大臣の心無い発言があったが、あの発言は「首都圏での大地震に対して倍旧の備えをしなければならない」との思いであったのだろう。その点は全く筆者も同感である。しかしこの大臣は「他人を思い遣る日本人」ではなく、又、国語力もなかった。

首都圏直下や、太平洋側の海洋型連動大地震の被害想定が幾つか発表されている。それは必要な情報であるが、発生後の救助や消火活動、交通、電気、水道、ガス等の復旧、避難者への手当、倒壊しそうな建物の緊急解体など一連の復旧作業も是非シュミレーションをしてもらいたい。

1年も掛っては、この極めて不安定な国際情勢にあって、日本の安寧は維持できないのではないだろうか?

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元禄型関東地震の再来間隔、最短2000年ではなく500年 [大地震対策]

東京大学大学院理学系研究科と産業技術総合研究所、東京大学大気海洋研究所らの研究チームは、相模トラフ沈み込み帯では1703年に発生した元禄関東地震と似たタイプの地震(元禄型関東地震)が、過去約6300年間に少なくとも5回、500-2800年の間隔で起こっていたことを明らかにしました。

沿岸の地下で巨大地震が発生すると地面が隆起するため、過去の巨大地震は海岸段丘という地形とそれを構成する地層中の化石の年代として記録されます。従来、海岸段丘の年代は、試料採取が比較的容易な自然の崖面から得られる化石を用いて推定されてきましたが、その正確性はよく分かっていませんでした。

本研究チームは、50cm解像度のデジタル地形情報の取得、解析から段丘地形を正確に把握した上で、従来にない稠密なボーリング調査を行い、段丘の地下構造を正確に把握しました。

また地中から大量の貝化石を採取し、隆起が生じた時期をより的確に示す試料を選別しました。さらにそれらを最新の加速器質量分析装置で年代測定を行うことで、各段に高い精度で段丘年代を明らかにしました。

従来の年代値に基づいて平均約2300年間隔とした国の長期評価は、再評価が必要となると考えられます。2017/05/11 産業技術総合研究所(写真も)

元禄関東地震.jpg

1923年大正関東地震(緑枠)と1703年元禄関東地震(赤枠)の震源域

建築基準法は1981年に大改正(新耐震設計)されたが、その狙いは、それまでの震度0.2は1次設計とし、2次設計を導入したことである。2次設計ではせん断力係数を1.0として「必要保有耐力」を検討することとした。

1978年の宮城県沖地震で、東北大学工学部建設系研究棟の9階で1040galが計測され、地表加速度が400galだったことから、1階の層せん断力が2.5倍になる、と考えられた。即ち、新耐震設計は震度階6強位の地表加速度400galを最大地震動と考えている。そしてこの最大地震動は100~200(500:JACA)年位の再現期間を想定している。

そして1995年の阪神大地震は1000年に一度の地震だったとされた。又、2011年の東日本大地震も同じく1000年に一度の「想定外」とされて、疑った見方をすれば、政界、学会はその責任を曖昧にしてきた、と言える。

ところが東日本大地震は西暦869年の貞観地震からの1200年に一度の地震であったが、最近では1611年12月の慶長三陸地震も同じような大地震があったと報告されている。こうなると500年に一度の大地震となる。

今回の産業技術総合研究所の発表も日本では1000年に一度の大地震ではなく、500年に一度、巨大地震が起こり、大災害を被ることが判明したことになる。500年に一度は現在の基準法の2次設計で想定している地震動とほぼ同じ、と考える向きもある(JACAのパンフ)から、これは新耐震設計法について再度見直しが必要、という事ではないだろうか?

憲法改正の議論が本格的になってきているが、決めるのは国民投票に拠ってである。いま国民に建築基準法の「規準」について問うたならば、阪神、東日本、熊本大地震が発生しても「住んでいられる」ことを望むのではないだろうか?

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首都直下地震で丸の内・大手町地区の帰宅困難32万人 [大地震対策]

首都直下地震の発生時に大量の帰宅困難者が出ると予想される東京都心の丸の内・大手町地区で、食料や水などの備蓄量が6割不足していることが防衛大などの調査で分かった。買い物などで訪れた人がトイレを利用する際の待ち時間は最大14時間超の見込みで、対策の遅れが明らかになった。

JR東京駅前に位置する丸の内・大手町地区は日本屈指のビジネス街。昼間の人口18万人の大半は通勤者で、さらに商用や買い物、観光などで1日に14万人の訪問者が滞在すると試算。首都直下地震が起きると、計32万人の帰宅困難者であふれかえると推定した。

千代田区が実施したアンケートに基づく企業の備蓄と行政の備蓄を、訪問者を含む全ての帰宅困難者に均等に配分すると想定。国が確保するよう求めている3日分の備蓄量と比較した結果、不足率は食料63.6%、水61.2%で、いずれも約1日分しかなかった。

訪問者のトイレ事情が劣悪なことも分かった。携帯トイレは62.7%が不足する上、利用者は地区内の高層ビルなどに殺到。全55棟で1階のトイレを開放した場合、1棟当たりの利用者は男性1700人、女性900人に達し、最大待ち時間は男性14時間21分、女性5時間12分に上るという。2017/5/7 産経

この報道はあくまで丸の内・大手町地区だけの推定であって、東京都心全ての合計ではない。いろいろな試算がなされているが、帰宅困難者数は昼間地震が起こった場合は600万人以上に上るらしい。これだけの困難者が出た場合、今回の丸の内・大手町地区の推定を考えると、とてつもない事態なのである。

大地震が今後30年間で起こる確率が70%と予想されていることから、喫緊の課題としてどう対策を立てるか考えねばならない。それにはまず、役割分担を明確にすることである。つまり、国、東京都、(近県)、企業、自治会、そして個人である。

国の最重要な役割は安全保障である。東日本大震災時に日本の領土、領空は頻繁に侵された事実がある。それが国の中枢機能が集中している東京での大地震で、現在のように北朝鮮問題で緊迫している情勢であれば、なおさら安全保障が大事である。首相官邸、各省庁の機能維持が出来るよう、早急にシュミレーションすべきである。

東京都の役割は最も重要であり、その第一は自衛隊の早期出動要請である。阪神大震災時では自衛隊の本格出動は7時間も遅れたことで、多くの被害が広がったと思える。その教訓から東日本大震災では僅か6分後には岩手県知事からの要請がなされた。

第二は東京都庁舎の業務継続のシュミレーションである。例えば阪神大震災時には神戸市の旧庁舎で下水道局がある階が層崩壊して、下水道の復旧に多くの時間が掛ってしまった。

第三は企業を主導して帰宅困難者対策を実施することである。普段歩いて4時間くらいに家のある人は帰れるだろうが、おそらくは倍以上かかる。一方、他の多くの人にとっては、緊急道路指定や、道路際の建物の倒壊で通行禁止となり使える道路が限定され、大混雑となるから、やはり3日分位の水、食糧、毛布等備蓄が欠かせない。それを東京都が企業と分担して賄う事が必要なのである。

第四は防災訓練の指導であるが、テレビで放送されるような大規模な訓練の他、区や市による地域での防災訓練の指導も欠かせない。そしてその様な地域の防災訓練が、自治会レベルまで行われるようにすべきである。大災害時での初期活動は近くの自治会が最も効果的なのである。

企業は自身の事業継続を確保する対策を講じる必要がある。これは企業の存続だけでなく、災害時に必要な製品、食糧等の製造メーカーの社会的責任でもある。銀行などは可能な限りのリスクヘッジを講じておかないと、インターネット決済の現代では「火事場泥棒」が世界中にいる事を覚悟しなければならない。

自治会の役割は上述したが、普段から会員同士のコミュニケーションを計っておくことが大事で、例えば「土木、建築」「電気」「衛生」等の技術者がいれば多いに役立つであろう。防犯についても考慮しておく必要があろう。

個人においては、最低、一週間分の水、食糧を備えておくべきで、そのほかシート(屋根の修理など)や毛布、携帯用小型発電機、風邪薬などが必要となる。トイレ用にはゴミ捨ての大型ポリ袋を余分に買っておくことだ。カセットコンロがあれば暖かい食事が出来るから、シリアルとはずいぶん違うであろう。

そしてこれは国から個人全てに共通であるが、建物の耐震性を高め、たとえ震度7であっても継続して生活できるように耐震強度を高める(用途係数1.5以上、耐震等級3以上)べきなのである。避難施設は必要であるが、なんといっても自分の家が一番である。

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福島県庁中庭に巨大な鉄の蜘蛛の巣-「アウトフレーム」による耐震補強 [大地震対策]

原発事故の被災地の復興を担う福島県庁の5階建ての本庁舎の中庭に、陽光にきらめく銀色の鉄骨が張り巡らされている。鉄の蜘蛛の巣のようでもあり、巨大なジャングルジムのようでもある。異様な空間だが、鉄骨の下は職員の自転車置き場になっており、さりげない日常とのギャップが面白い。いったい、何のために作られたのか。

鉄骨は、「日」の字型の本庁舎の中庭部分に、四方の外壁を橋渡しするように組まれている。目には見えないが、鉄骨の枠組みは左右と地盤からアンカーで引張り、強度を加えている。

福島県庁の本庁舎は、昭和29年に完成した古い建物だ。平成23年3月11日の東日本大震災の際は、一時的に安全確認作業が行われただけで使用が継続されたが、「庁舎の長寿命化を図る」(県施設管理課)目的で41億円かけて耐震改修が行われた。引き続き復興にお金がかかるため、「建て替えはせずに、改修工事によってあと30年使えるようにした」(同)という。2017/5/6 産経

福島県庁2.jpg

中庭の耐震架構(産経)


福島県庁の耐震補強.jpg

中庭の平面(googlemap)


既存建物の耐震改修には以下の方法が実施されている
1. 腰壁に構造スリットを入れ、「短柱破壊」を防ぐ
2. 柱を鉄板や炭素繊維で巻き、せん断破壊を防ぐ
3. 耐震壁の増設したり、既存壁を厚くするなど
4. ブレース(主に鉄骨)を入れる
5. 建物外周にブレースを取り付ける
6. 建物外周に耐震フレーム(ラーメン架構)を取り付ける
7. 制震装置を組込む
8. 免震装置を組込む(免震レトロフィット)
等で、今回の補強方法は上記の5.の方法である。なお方法はほぼコストの順番である。
今回の「アウトフレーム」の最大の工夫は、偶々福島県庁に中庭があったことから、底に耐震架構を作り、その構造があたかも「蜘蛛の巣」の様に報道されたのである。中庭のみの補強だから、当然、県庁の業務には支障はなく、又、時代を経た建物外観の風格は保存された。
中庭が無ければ通常の建物の外に耐震架構を作ることになる。その場合は上記の5.ではブレースが入り、外観は大きく変わり、6.のフレーム(柱梁)の方が見た目は良いが、やはり既存の外観は変わることにはなってしまう。
耐震架構は外側に作り、内側は自由に、例えば柱の無い(少ない)空間を作る考えは新築の建物でも設計されている。「チューブ構造」もその一種であるが、本格的に実現したのはおそらく日本では「大阪東京海上日動ビルディング」であろう。建物の外側に柱梁がむき出しになっているが、規則的な配列がデザインされ、建物の特徴となっている。

大阪東京海上.jpg

大阪東京海上日動ビルディング(wikipedia)

耐震化工事は首都圏は勿論、日本全国喫緊の課題であって、その方法は上記のように各種取り揃えられ、あとは対象の建物の構造や形態、そして作業時間規制などを検討し、福島県庁の様な解決策を見出す必要がある。これも構造設計者の職能であり、2020年以降は建設需要が減少するかもしれないが、耐震改修の需要は減ることは無い。

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