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北朝鮮の弾道ミサイル、住民任せの避難が露呈-核シェルターが必要ではないか [エッセイ]

北朝鮮が弾道ミサイルを発射した29日、Jアラートにより緊張が一時走った青森県内では、「どこに逃げればいいのか」と戸惑った住民も少なくない。政府は、地下や頑丈な建物への避難を呼び掛けるが、県内には該当する場所が少ないのが現状だ。

ミサイル発射から到達予想までの時間も短く、県内の市町村は「現時点では一人一人の行動に委ねるしかない」と対応の限界を指摘。住民への避難誘導の在り方など多くの課題が浮かんだ。

県防災危機管理課によると、国民保護法に基づく県内の避難施設として、建物1495カ所、公園などの屋外368カ所の計1863カ所を指定している。このうちコンクリート造りの建物は683カ所。はっきりとした指定基準はないが、地震などの避難場所と同様に集会所やホールが多い。

避難場所は国や県のホームページなどで公表しているが「ミサイルの場合、逃げるいとまがなく、青森県には地下が少ない事情もあり、身を守る行動が優先される」(同課担当者)との理由で広く周知されていない。2017/8/30 東奥日報社

本ブログは政治に関しては扱わないが、上記の報道は防災の為の施設に関するものだから、コメントしたい。以前のブログでも紹介したが、台湾では一定規模以上の建物には地下室を造る様法律で定められている。台北の場合地盤が軟弱だから地下室を造るのは大変なのだが、この地下室は防空壕なのである。

台北では山留めとして、山留め壁はRC地中壁、支保工は逆打工法が多い。RC地中壁にするのは地下水位が高い事、地盤が軟弱で剛性が必要なことからである。又、防空壕だから1階スラブは厚さが500mmくらいあるので、逆打工法だと補強することなく1階スラブに重機が乗る事が出来る。

事務所ビルや商業ビルでは地下室の利用はし易いが、集合住宅では駐車場と機械室くらいである。従って台北のマンションでは自走式の駐車場が3層分もある等、住宅戸数より多かったりするのである。

ミサイルを直撃された場合上層部は破壊され崩壊するだろうが、1階のスラブが500mmもあれば、崩壊したコンクリート塊を支える事は出来るのかもしれない。地下に逃げ込んでいれば生命は助かる可能性はあるのだろう。

先進国で「核シェルター」が無いのは日本だけである。EUの先進国は全国民が避難出来る核シェルターが確保されている。勿論シェルターの機能だけの施設は少なく、地下鉄や地下街なども使えるようになっているようだ。

核兵器は持っていなくとも国民全員分の核シェルターがある、というのは安全保障上の大きな政策である。核は同盟国が持っていれば反撃して、最終戦争になる。2週間くらい生き延びれば放射能は大分薄まるだろうから、国は存続できるだろう。従って核を持たずに「核の抑止力」が成立する。

しかし上記の報道のように、ミサイルに対しても日本には逃げる場所すらないのである。筆者の家の床下は高さが600mmあるから逃げ込むことは可能で、ミサイルの爆風によって家が倒壊しても助かる可能性はある。しかし回りも木造住宅だから火災となっては生き延びられない。

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現場勤務の思い出22-セミ逆打工法の採用-4 [建築施工]

深礎は3mの径で3.6mに拡径させて、独立基礎としては直径3.6mとなる。独立基礎の場合は「袴鉄筋」となるが、設計は杭の配筋で外周のみで、下端も上端鉄筋も無かった。作業地盤から10m下の鉄筋作業だから、簡単な配筋は有り難い。

設計ではアンカーボルトを固定するため、アングル材でアンカーフレームを作り、コンクリート打設後は鉄骨のベースプレートと密着させるため、左官でベースモルタルを作ることとなっていた。深礎内での作業の簡素化は、安全管理上重要であるしコストも安い。

先ず所長の指示でベースモルタルを取りやめ、コンクリート打設後、硬化を待って左官鏝で抑える「モノリシック」に変更を提案した。鉄骨のベースプレートとの密着については、鉄骨建て方後、エポキシ注入することとなった。この「VE」案は採用され、品質と安全を確保することができた。

更に、これは自画自賛であるが、筆者はアンカーフレームをやめて、後施工アンカーに出来ないか考え付いた。11000tonの鉄骨のアンカーボルトが後施工アンカーなのである。今の筆者から見れば「非常識」と思うが、もともと仮設のアンカーボルトである。径もM25と太くなかった。深礎基礎はコンクリート量が20m3、重さ47tonで、ボルト1本当たりでは12tonなのである。

筆者の提案は係長を通じ、所長の許可を得て監理事務所へ提案された。回答は後施工アンカーの引き抜き試験を行う事で了解された。現場で切梁材を使ってフレームを組み立て、引っ張り試験を行った。15ton分のコンクリート基礎を造って行い、結局「ケミカルアンカー」に決定した。これが筆者の「VE」第一号である。

深礎の底でのアンカーフレームは溶接作業があるから、感電の問題や溶接棒から発生するガスも多量に吸い込めば有害である。従って安全管理上は極めて効果的な手段であった。又、コスト的にも多分500~1000万円はあったのではないだろうか?ちなみに筆者は深礎工事では毎日、作業する孔の酸欠とメタンを測定して、青旗を立て、又、送風機が底まで機能しているかを確認していた。

全くの自画自賛の話でした。

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現場勤務の思い出21-セミ逆打工法の採用-3 [建築施工]

逆打構真柱の深礎基礎は70基ほどで、GL-15mの掘削底で行われた。山留めが地盤アンカーであれば掘削底でも切梁が無いから、伸縮タイプのクラムシェルを底に降ろして使える。しかしこの現場では6m角に切梁があり、又、当時伸縮タイプのクラムシェルは無かったから、深礎は全て手掘りで行われた。

深礎工は特殊な作業員で、トンネル工の様であるが少し違い、当時全国で100人とかしかいなかった。従って深礎杭の施工会社は幾つかあるが、作業員は何時も同じなのである。作業員はあまり日が当らないせいか、日焼けは全くしてなく色白で筆者には珍しかった。

深礎杭は2ないし3人がひと組で「三又:みつまた」という丸太3本を組んで滑車を吊るし、深礎の底にバケツを垂らして、土をウインチで引き上げるのである。地上に1人、掘削底の1人ないし2人となる。掘削底では手掘りでバケツに土を入れ、合図して引き上げる。深礎杭の径は小さいと一人しか入れない。

掘削するためには「山留め」が必要で、深礎杭ではL形鋼のリングが「切梁兼腹起し」で、「山留め壁」は「生子板:波板」である。長さ60㎝の生子板を深礎杭の円形状に土に差し込み、リングで固定して土留めをするのである。軟弱な地盤であれば掘削前に生子板を差せるのだが、一般には50㎝位掘削して10㎝を差し込む。

深礎杭の最もトラブルとなるのは地下水である。上記の説明のように、地下水があったら掘削底屋側面から地下水が湧き出してくる。従って地下水がある場合には掘削底に水中ポンプを入れて揚水しながら、なんとか土砂崩れを防ぎながら掘削することになる。

この現場では山留め壁はPC地中壁であり、止水性は高いが「根入れ:床付けから壁の先端まで」は3mしかなかった。支持地盤である「東京礫層」は貫通していたが、その下の江戸川層の砂層にも被圧水があった。それが深礎杭の時に湧き出てきたのであった。

最初の深礎杭の時には特に湧水が多く「拡径:杭径を底部で広げる」をひとまず諦め、その杭は揚水専用にして当初より深く掘って、他の深礎杭工事を進めた。残された深礎杭は最後に水中ポンプを埋め殺し、そしてコンクーリト打設の時も下部のリングと生子板は回収できなかった。

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現場勤務の思い出⑳-セミ逆打工法の採用-2 [建築施工]

約15mまでの掘削は「切梁工法」で行われた。掘削平面は80m角の正方形のひと隅が約15m欠けた5角形なので、斜め部分が問題である。基準スパンが6mの為、切梁間隔も6mとなる。そして「腹起し」を抑えるには切梁から「火打」を出して細かく支える必要がある。しかし斜め部分は火打が付けられないのである。

その為、斜め部分は厚さ800㎜、幅3mのRC梁を作ることとなった。厚さが800㎜なのは切梁がH-400でX-Y軸に2段となるからである。幅3mとなったのは切梁の支点間隔が広い為、曲げモーメントとせん断力に対して算定された。

鉄筋コンクリートの腹起しは作るのも時間が掛るし、解体するのも手間が掛るから出来れば避けたいのだが、軟弱地盤で側圧が大きく、斜め部分を確実に抑えなければ、切梁架構全体が崩壊してしまう。筆者は後に斜め部分の切梁の納まりが弱く、全体が崩壊して国道3車線を通行止めとなった事故を伝え聞いたことがある。

切梁の全長は80mもある事から、切梁を架設後、予め次の掘削時に想定される軸力の70%程度を予め導入しておく「プレロード工法」を採用していた。最大120tonのプレロードは30tonづつ4段階で実施され、各段階で切梁接合部や、全体曲がり等を確認しながら行う。X軸、Y軸とあるから、1日仕事になる。各切梁には作業員と共に社員が一人ずつついて確認して行ったが、筆者も駆り出され、貴重な経験であった。

プレロード工法の効用は先ず切梁接合部のなじみ取りで、長さが80mにもなると接合箇所が10ヶ所以上になるから、一か所1mmの隙間も10㎜となってしまう。もしプレロードをしないで掘削し、切梁に軸力が生じてくると、切梁材の弾性圧縮と共にこの隙間分が加わるので、山留め壁は大きく変形してしまうのである。

又、プレロードすることで、上述の弾性圧縮が少なくなる。これが最も大きな効果なのである。ちなみに軸力が200tonで、H-400では弾性圧縮量は約20mmである。

δ=200×(8000/2)/200/2100=1.9 cm 
  ここで軸力:200ton、対象長さ:80m/2=4000cm、H鋼断面積:200cm2、E=2100t/cm2

40年も前の話であるが、プレロード工法は今では広く普及し、大小を問わず切梁工法の現場では採用されている。

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現場勤務の思い出⑲-セミ逆打工法の採用 [建築施工]

この現場の地下工法は「切梁工法」と「逆打工法」の折衷案であった。現場(共同企業体)では当初切梁工法を考えていたが、本社および支店の管理部門では地盤が軟弱であり、地下掘削も深く、又、掘削平面が正方形の角が切り取られた5角形と言う事から、切梁工法では安全性に問題がある、という考えであった。

筆者はその様なやり取りがあったことなど全く知らなかったが、後から聞いたのである。今の筆者の考えはやはり逆打工法の採用が最適と考えている。理由は上記のとおりで、付け加えれば、地下が深く、地上が高い建物では、工期短縮に逆打工法は極めて有効なのである。

しかし逆打工法を採用するには、着工までに多くの準備が必要なのである。尤も問題なのは鉄骨の発注である。11000tonもの鉄骨は当然大手鉄骨ファブリケーターに頼むことになるが、その選定は簡単ではない。現場としては少しでも安いところに契約したいが、大手ファブを値切るのは容易ではないのである。

逆打の場合、工事の最初の頃の杭工事に地下鉄骨(構真柱)が必要となるが、その為には鋼材の手配(ロール発注)だけでも2ヶ月かかり、一方、地下躯体図(施工図)が出来てなければならない。つまり着工の数ヶ月前からの準備が必要なのである。

工事は着工も竣工も決まっており、逆打工法の採用は無理であった。しかし安全は確保しなければならず、そして出た結論が「切梁工法」と「逆打工法」の折衷案なのであった。つまり地下3階の床を逆打するというもので、そこまでの掘削には切梁工法で行うのである。地下3階までの掘削期間で、逆打の準備を行うものであった。

地下3階の床より更に2m掘削して、そこで構真柱を支持するために「深礎杭」を施工する。杭と言っても床付けから2mの長さしかない、行ってみれば「独立基礎」のような杭を造るのである。逆打鉄骨を建てるためであるから、深礎工事は筆者の係が担当した。主担当は他社の先輩社員であるが、筆者も手伝う事となった。

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南海トラフ地震、予知前提を見直し-政府作業部会が防災対応で報告書案 [大地震対策]

南海トラフ地震の新たな防災対策を検討している政府の中央防災会議作業部会は25日、予知を前提とする防災対応の見直しを柱とする報告書案を大筋で了承した。発生時期を「確度高く予測することは困難」として直前予知を否定し、震源域で地震が連動する恐れがある場合などに避難を促す方針を盛り込んだ。

報告書案は、東海地震の直前予知を前提とした大規模地震対策特別措置法(大震法)に基づく防災対応について「現在の科学的知見では取ることは困難」と指摘。改める必要性を強調したが、法改正などの具体的な議論は先送りした。

地震が連動する可能性については、1900年以降に全世界で発生したマグニチュード(M)8以上のケースを例示するにとどめ、「数字が一人歩きする」などとして発生確率を明記することは避けた。

南海トラフの震源域の東側でM8級の地震が発生した場合、連動して西側でもM8級が3日以内に発生する可能性は96回のうち10回(10%程度)と推定し、短時間で津波が到達する沿岸地域の住民には発生から3日程度の避難を促す。

また、震源域のどこかでM7級の地震が発生した場合、同規模以上の地震が同じ領域で7日以内に発生する可能性は1368回のうち24回(2%程度)と推定。7日間は避難に時間がかかる高齢者らに避難を呼びかけることを提案した。2017/8/25 産経

南海トラフ地震 予知前提を見直し.jpg

南海トラフ地震の防災対応案(産経)

昨年7月のブログで大規模地震対策特別措置法(大震法)を抜本的に見直す検討に入る、という報道についてコメントした。コメントの内容は1000年に1、2回しか発生していない巨大地震の予知は、統計学的に無理なのは当然、というものである。

今回のその見直しの検討結果が一応まとまったとのことである。結論は分かっていた通り、「予知」は出来ないというもので、大震法で規定した総理大臣による「地震警報」は不可能と言う事になった。地震警報を出すには少なくとも1週間以内に発生しなければ、経済損失が多すぎるからである。なにしろ会社や学校、鉄道などを休みにするのだから。

報告書の全容は明らかではないが、報道ではM8クラスの「東海地震」が起きた場合「東南海」「南海」地震が3日ないし7日内での発生確率を示している。M7クラスの「東海地震」は大した地震ではないが、その場合でも同じ、M7クラスの「東南海」「南海」地震の発生確率を示している。

しかしながら、M8クラスの「東海地震」が起きた場合は既に大パニックである。首都圏で死者10万人とも試算される位であり、日本の経済機能は混乱のただなかの想定なのである。この報告書はM8クラスの「東海地震」が起きた場合は、続いて「東南海」「南海」地震が発生する、と言っているのである。

東日本大震災以降、次は南海トラフだと言うのは既に広く知られている。そして「東海」「東南海」「南海」地震は連動することも、1976年に神戸大学(当時は建築研究所)の石橋教授が指摘しており、現在では定説になっているのである。従って今回の報告書は3日ないし7日内での発生確率を示しているのが唯一の成果である。

大地震に対してどの様に防災、減災するかは、先ず地震学者の知見が必要である。しかし地震学者は「科学者」であって「工学者:技術者」ではない。つまり地震学者は基本的に事実に基づき、論理的な方法で結論するしかない。今回の報告がまさにそれである。

今回の報告が今後「工学者:技術者」によって、どの様に具体的に防災、減災する手段が講じられるかが問題である。

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中央道土砂崩れで工場など捜索-敷地内不法投棄 [環境問題]

車4台が巻き込まれ、6人が重軽傷を負った岐阜県瑞浪みずなみ市釜戸町の中央自動車道の土砂崩れで、県警は24日午前、近くの窯業原料メーカー「丸釜釜戸陶料」の本社や工場などを廃棄物処理法違反容疑で捜索した。崩れた土砂には同社が排出した産業廃棄物の汚泥が大量に混じっており、県警は、産廃の不適正な管理が事故の背景にあったとみて調べる。

捜査関係者によると、同社には、敷地内の採石場跡地に陶磁器原料などの製造過程で出る汚泥などの産廃を不法投棄した疑いがある。汚泥を含む土砂は、18日夜の大雨による崩落で中央道に流れ出たほか、汚泥の入った袋が近くの御湯川をせき止めたために一帯の住宅街にも流れ込んだ。2017/08/24 読売

8月18日の大雨による土砂崩れは、流れてきた土砂が異様であった。白っぽい泥土はまるで固まっていない石膏のように見えたのである。筆者は各地の土を見てきているが、石膏のように見える土は見たことが無く、その原因には関心があった。

白い泥土の原因は、崩壊した山に建っていた丸釜釜戸陶料の第三工場敷地内に不法投棄された、汚泥であった。陶磁器原料などの製造過程で出る汚泥は副産物であるが、含水が多く、粒子が75μ以下の場合「廃棄物」と見做され、法律に基づき適正に処理されなければならない。

廃棄物の場合、たとえ自分の敷地内でも勝手に埋めてはいけないのである。以前のブログで余ったコンクリートを埋めたことが不法となり、摘発されたことを取り上げたが、筆者は毒性のないコンクリート塊を埋める事はそれ程問題にならない、と思っていた。今回は事情が異なるようだ。

今回は粒子の細かい汚泥であった。この汚泥は含水が大きければ泥状であり、全く強度は無い。そして含水が無くなった場合であるが、おそらく乾燥すると人が歩けるくらいには強度は出るので、不法投棄は続けられたのであろう。人が歩けなければ、投棄自体できないからである。

しかし再び水分を含むと、時間はかかるだろうが泥状になってしまう様な物なのではないだろうか。斜面の途中に投棄された部分全体が泥状となっていれば、崩壊し易い事は明白である。まして掘削した穴に埋めたのではなく、土嚢を積んで土留めとして埋めていたのだから、大雨での崩壊は起こるべくして起こったと言える。

又、この泥土には「結晶質シリカ」が含まれているという事から、流れ出た土砂が乾燥して「結晶質シリカ」が飛散し吸い込むと「塵肺」の恐れがあるそうである。丸釜釜戸陶料の第三工場には行った捜査員は全員防塵マスクをしている。

建設汚泥の場合、そのまま処分場に持っていくことは無く、中間処理場で脱水や固化させるのが一般的である。固化させれば埋め土として再利用することもある。中間処理を行うには5000円/m3くらいかかるので、丸釜釜戸陶料は不法投棄をしたのであろう。今回の事故で民事裁判となれば莫大な請求がなされるであろう。

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復元「赤い三角屋根」両隣に商業ビル-地元困惑 [エッセイ]

東京都国立市がJR国立駅南口に復元する赤い三角屋根の旧国立駅舎の両隣に、JR東日本が商業ビルの建設を計画していることが、同社などへの取材でわかった。

旧駅舎は11年前に惜しまれつつ解体され、市民の声を受けて、同様の建物の復元が決まっている。計画では、かつての開放的なイメージとは異なり、二つのビルに「三角屋根」が挟まれる見込みで、地元からは「景観が損なわれる」と困惑の声が上がっている。

1926年に建てられた旧駅舎は、2006年、JR中央線の高架化に伴って解体された。しかし、解体を惜しむ市民が多く、旧駅舎の部材を処分せずに保管していた市は、約10億円をかけ、20年をめどに旧駅舎と同じ三角屋根の建物を復元することを決めた。2017/08/23 読売(写真も)

赤レンガ色の三角屋根が特徴の旧国立駅舎(1993年撮影).jpg

赤レンガ色の三角屋根が特徴の旧国立駅舎(1993年撮影)

国立駅再開発のイメージ.jpg

復元する赤い三角屋根の旧国立駅舎のイメージ

国立市は景観について特に関心の高い街である。JR国立駅から一橋大学前を通って南へ続いている大学通りは、サクラ・イチョウの並木の風景が広がり、学園都市である国立のシンボルとなっている。その通りに面した建物は高さを20m以下にする景観条例が制定されている。

1994年以降、マンション建設をめぐって不動産業者と住民との長い裁判闘争が続き、間に立つ国立市も原告や被告になって裁判の矢面に立たされた。これらはネットに詳しいので省くが、国立市民が如何に景観に対して思いを寄せているかを示す歴史である。

今回のJR駅舎の復元も市民の要望を受けて計画されたものである。確かに今現在の駅は工事中の仮設駅舎の様だから、往年の駅舎が出来れば大学通りの基点として町のイメージは回復されるのだろう。

しかし今の復元計画ではどうも市民はご不満らしい。駅舎の両側に高さ20mの商業ビルが近接して建つことが、せっかくの駅舎復元を台無しにする、という事である。報道に載っていた復元イメージでは筆者もその様に思うのだが、ちゃんとした図面ではないのではっきりとは分からない。何故パース(透視図)が無いのだろうか?

目的や規模が異なるから品川新駅とは違うのだろうが、少なくともパースを示して景観に敏感な市民の理解を得られるようにすることは、当たり前のはずである。(有名、無名を問わず)建築家に頼めばそれこそ田町駅のようなプレゼンが出来るのである。

おそらくJRとしては復元にかかる費用を回収すべく、条例に従って最大の商業ビルを建てたいのだろう。そして商業ビルだから「建築家」ではなくて普通の設計事務所へ設計委託しているように思える。せめて復元化する駅舎の設計を委託している「建築家」に基本設計をさせるべきではないのだろうか?復元だから「建築家」はいないかもしれない。

最も1993年の写真を見ると筆者にはとても「関東の駅百選」に選ばれる様には思えないのだが、多分、それは両側の建物が何の雰囲気も無いものだからであろう。駅舎はかなり有名な建築家が設計したのだから、最初は「田園都市」「学園都市」の景観だったのであろう。

若手の建築家を選んで計画を見直したらどうか?

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現場勤務の思い出⑱-RC地中連続壁工事-2 [建築施工]

山留め壁であるRC地中連続壁工法は、他の山留め壁と比べて工事費ははるかに高い。それなのに何故採用されたのか。それは工事場所の地盤が都内で有数の軟弱地盤の為である。軟弱地盤がGL-20mくらいまで続いており、そこに地下4階、掘削深さ23mの掘削工事は危険であるとともに、周辺地盤を沈下してしまう恐れがあったのである。

山留め壁としては当時、シートパイルか柱列壁(べノト杭など)であり、未だ「SMW」は関西で使われ始めていたが、関東には普及していなかった。地盤が軟弱であり、表層には地下水があるので「H鋼横矢板」では無理であった。

そこでRC地中連続壁工法の採用となったのであるが、厚さ800mm、長さ26m、総延長320mの工事規模である。昼間作業だけでは6カ月以上も掛ってしまう。工期が27カ月と地下深さ、地上24階数では通常は30ヶ月以上掛るので相当短工期の現場だったから、昼夜兼行作業となったのである。

この現場のRC地中連続壁工法はリバース杭と同じであるが、掘削は杭のように円形ではなく、長方形だから掘削中に崩壊し易い、など施工が難しい(これについてはいずれ記述したい)。又、掘削後、鉄筋かごを吊り下すのだが、かごの重さは20ton近くにもなるので危険作業である。従って鉄筋かごの作業は昼間行われた。

つまり夜勤の私は「ただ現場にいる事」が役目である。危険な鉄筋かご作業は無いし、掘削については支店機械部の担当者が交代で管理している。RC地中連続壁工法に関して全く知らない筆者には、現場を見ても何も分からず、機械担当者に聞くのは仕事の邪魔である。結局夜勤とはいえ、殆ど宿直室で仮眠していて、夜中に2回現場を(見て)回るだけであった。

翌朝、安全日誌を書いて労務担当者に渡し普通夜勤明けは帰るのだが、何しろ殆ど寝ていたのでそのまま勤務し、流石に残業はしないで早く帰った。RC地中連続壁は3カ月かかったが、10回以上夜勤したように思う。幸い事故もなく工事は終わったが、山留め工事に関わった最初であり、その後の筆者の専門になるとは思いもよらなかった。

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現場勤務の思い出⑰-RC地中連続壁工事 [建築施工]

最初の現場は本社ビルに使用するために内装工事が行われことになった。その為、事務所ビルとして一応竣工しておくことから、竣工式には関係者が大勢集まったが今一つであった。例えばメインの玄関ホールの仕上げは本社ビル工事では石の床になるのだが、モルタル金鏝仕上げなのである。

筆者は丁度一年が経過して一旦支店に集められ、同期のものと見積研修を3カ月受けることとなった。同期は30人弱であったが、関東の東京以外での工事は工場が多く、僅か1年なのに2つの工事を経験した者もいた。

見積研修の目的は教材として事務所ビルを対象に行われた。事務所ビルは工場と異なり、地下工事があったり、仕上げが種々多く、配属によって経験の度合いが異なっていたことを補完することにあった。又、実際の施工を経験し、見積をどの様に行えば正確に工事費を算出できるか、見積技術の習得も目的であった。あと1年間の実務を経て一級建築士を受験することになるが、施工の学科試験では見積の問題も出るから勉強になった。

そして研修が終わってみんな新たな現場へと赴任していった。基本的に同じ現場に戻る事は無かったが、筆者は同じ所長の新しい工事現場に行くことになった。地下4階地上24階の高層ビルである。場所は都内で一番のビジネス街で、本店社屋となる建物であった。第一次オイルショック後の景気低迷の中、都内工事では指折りの工事となる。

最初の現場は設計施工の単独工事であったが、今度は5社のJV(Joint Venture:共同企業体)でそのスポンサーであった。工事は未だ始まったばかりで、「山留め壁」である「RC地中連続壁工事」の最中であった。現場は4つの係に分かれていて、筆者は鉄骨係となり、係長は他社の人で、未だ30代半ばであった。

担当したのは鉄骨建て方計画を、同じ会社の先輩に教わりながら作成して行った。しかし先ず行ったと言えるのはRC地中連続壁工事なのである。RC地中連続壁工事の機械は杭でいえば「リバース工法」の機械であった。「アースドリル工法」等と違って上げ下げして掘削しないので、作業員も少なく、当時は昼夜連続で施工されていた。ビジネス街だから夜でも施工出来るのである。

現場が動いているとなると社員が常駐しなければならない。夜勤である。RC地中連続壁工事の係だけではローテーションがきついから、他の係の若手が駆り出されたのである。筆者はJV社員の中で最も若かった。

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