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広島原爆の日-人類史上初の原子爆弾投下 [エッセイ]

1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分に、広島市細工町29-2の島病院(現島外科内科)病院南西側の上空約600メートルで炸裂した。島病院は、産業奨励館の東側にあった。島病院は瞬時に破壊されたが、鉄筋コンクリート建築である産業奨励館は垂直方向の衝撃波を受けて天蓋部は鉄骨を残して消失、一部の外壁を残して大破したが完全な破壊は免れている。産業奨励館とは原爆ドームのことである。

本ブログは建築に関するものなので、政治的、文明史的な論評はしない(そもそも出来ない)ので、建築構造に関して記してみたい。「原爆ドーム」となって世界遺産になった産業奨励館は、何故かろうじてその外郭をとどめたのかである。

産業奨励館が他の建物と異なる点は
① 鉄筋コンクリート造
② ドームは鉄骨造
③ 原爆爆はほぼ上空でさく裂した為、爆風は鉛直に吹き下りてきた
ことが挙げられる。以上から

鉄筋コンクリート造は木造に比べて爆風に強いことは確かである。しかし爆風は音速をこえる早さ(440m/sと言われる)であり、風圧力(≒速度圧 N/m2)は凄まじい。

Q=0.6EV2 Q:速度圧、E:周辺環境からも止まる係数(≒1)V:風速度(440m/s)
=0.6×1×440×440
=116160 N/m2
=116 kN/m2
=11.6 ton/m2
となり、通常屋根の設計では0.1ton/m2程度なので如何に大きい風圧力であったかが分かる。

従って考えられるのは、屋根スラブとドームの屋根材は瞬時に破壊され、梁と柱及びドーム屋根の鉄骨骨組だけになり、風圧力を受ける面積が少なくなったのだろう。産業奨励館は窓が多い設計であったことも、吹き下りてきた爆風が外へ流れた要因に思える。

そしてドームに関しては、ドームの設計で難しいのは水平力に対してであるが、又、鉛直荷重については「偏荷重」をどう設定するかが難しい。例えば雪が偏って積もるとドームの骨組みに部分的な座屈が生じて、全体の架構が崩壊することがある。

逆に「等分布荷重」についてはドームの骨組みには全て「軸力」しか発生しない。つまり骨組みの持つ強さを最大限に発揮することになる。そして仕上げ材の屋根材は一瞬に破壊されたので、音速をこえる爆風に残ったのであろう。

産業奨励館が残ったのは以上のようにある程度の構造的な説明は出来るが、やはり奇跡だと思う。原子爆弾は人類が産んだ「悪魔」であるが、「原爆ドーム」は悪魔が残した爪痕なのである。

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